ライナーノーツ

「これまでTVプログラム縛りでアルバムを作ってきたので、スポーツもディスカバリー(『大発見』)もあると言えばCS放送かなと。CSはCommunication Satellite(通信衛星)の略だそうですが、『これってCustomer Satisfaction(顧客満足)でもあるのでは?』と思えて」(椎名林檎)

 東京事変の、つまりは椎名林檎のフィロソフィーのなかで根幹である“音楽”を実演するライブとは、一分の妥協も許すことなく構築されてきた媒介だ(この点は2010年のツアーDVD&BD『ウルトラC』だけを観てもご理解いただけるはず)。 そして、この姿勢はミュージックビデオ(以下MV)についてもまた同様だ。
 そんな事変であり椎名が、近年映像表現の感性について全幅の信頼を寄せているのが、監督・児玉裕一である。
 児玉は現在までに数々のMV、CMを手がけ、2007年公開のユニクロのWEB広告「UNIQLOCK」では、カンヌをはじめとする世界三大広告賞のすべてでグランプリを受賞した映像クリエイターだ。彼は『OSCA』(『娯楽』収録)で、事変のMVを、次いで「メロウ」(DVD『私の発電』収録)で椎名ソロのMVを、それぞれ初監督した。
「事変は5人全員のキャラ立ちが強いバンドですから、こちらも毎回様々なトライを強いてしまって」(児玉裕一)

 以降児玉は、椎名ソロ「ありあまる富」、「都合のいい身体」(『三文ゴシップ』収録)、事変「キラーチューン」(『娯楽』収録)、「閃光少女」(『スポーツ』収録)と数々の作品を手掛けた。

「監督はどのビデオでも、男性メンバーの素顔に近くて、それでいてカッコ良く見える表情を引き出すのがお上手で。何でそこまでメンバーのことを理解していらっしゃるのかと不思議なくらい」(椎名) 

 さて、このほどリリースされる『CS Channel』は事変の2010年から2011年のナンバー、つまりアルバム『スポーツ』と『大発見』の収録曲から、児玉が監督を務めたMV集である。
 タイトル通り、3分ジャストで繰り広げられる抑制のリリシズムとムーンウォークが光る「能動的三分間」。スポーティな躍動感をカメラワークの運動性で表現した「勝ち戦」。ロードムービーのなかにドラマとフェティシズムが匂い立つ「空が鳴っている」。ポップでポジティブな演出にメンバーの魅力が凝縮された「新しい文明開化」。そして現在OA中の資生堂「マキアージュ」TVCM(※こちらも児玉が監督)で聴ける、5人が見事なダンスを披露するレビュー仕立ての「女の子は誰でも」と、ひとつも似ることなく展開されるMVのバラエティ感は、やはりロックやポップスといった一言で括ることを許さない事変の豊潤な音楽性と等しい。
「監督は映像で作曲をなさっているのだと思う。発想する部分や計算する箇所も編曲と似ている気がして」(椎名)
「MVを観る人の感情が、どう揺さぶられ、どんな結末を迎えるのか、その時間の流れを強く意識します」(児玉)

 エンドロールにはCD未収録の「天国へようこそ Tokyo Bay Ver. CS Edit」を使用。60’sムービーのサウンドトラックを彷彿とさせるグルーヴに乗って、椎名扮するゴルフガールが“主演女優”としてスタッフクレジットをお届けする。
エンドロールも一本の“作品”という姿勢であり、事変と児玉の共通項である“ユーモア”を感じさせる。
 そしてエンドロールの後に流れるラストの曲は「ハンサム過ぎて」。何と児玉が作詞を手掛けた注目の新曲だ。

「通常MVを作っていただく際は、すでに曲に歌詞が付いた状態ですので、ある意味歌詞に縛られるわけですよね。その制約が外れた時に、監督がどんな映像をイメージなさるのかが、興味深かったのです」(椎名)
「ハンサムとは外見的なこと。映像も一番綺麗な表層だけを捉える。観る人はその向こう側や裏側を知りたがるけれど、実際に撮っている僕らには映っているものだけがすべて。華やかだけど哀しくて残酷な世界ですよね」(児玉)

 この『CS Channel』は事変×児玉の映像ケミストリーの集大成であり、同時に、現時点ではベスト盤が存在しない東京事変に於いて、2010〜11年のベスト・オブを余すこと無く堪能できる一枚でもあると言えるだろう。  あらためて記すが、『スポーツ』、『大発見』は事変のヒストリーを語る上で重要な意味を持つアルバムとなった。
その2枚が持つ唯一で無二な音楽の魅力が映像によって最大限にアンプリファイ(増幅)された『CS Channel』を堪能する行為は、事変の今後を考察する上でも、今秋より始まる全国ツアー『DISCOVERY』の全貌を占う意味でも間違いなく有益……なのだが、ともかくこの全7本のチャネルが持つポッピンなパワーと高いクオリティは、あまりに楽しく、理屈抜きで十二分なCustomer Satisfaction(顧客満足)をもたらすこと受け合いなのである。

(内田正樹)