「color bars」ライナーノーツ

1月11日、東京事変は解散声明を発表。2月に行う3会場6公演のアリーナツアーを以て、その活動を終了することを宣言した。ミニアルバムながらも最後のオリジナル作品となる本作の予兆はDiscoveryツアーに足を運んだ人であれば、憶えがあるだろう。
 ライブ本編、その中盤と後半の分岐を担うポイントでスクリーンに映し出されるハイパーなCG映像は児玉裕一監督の手によるものだ。それはザッピングの砂嵐で始まり、数々のモチーフを展開した後、複数の原色の帯が「PLEASE STAND BY」の文字とともに踊る。そして最後にはカラーバーとなって観客の視点をスクリーンからステージセットへと導いた瞬間、「歌舞伎」の暴力的なイントロとともに東京事変の5人が威風堂々と姿を現すのだ。
 この 『color bars』 (※読み:カラーバー)は、メンバー全員が作詞/作曲を手掛け1人1曲ずつ収録した、全5曲のミニアルバムだ。このコンセプトは制作現場での突発的な盛り上がりから決まったという。
「当初は2曲入りのシングルを予定していたのですが、刄田のデモが『スポーツ』の制作時から存在していたので、『せっかくだからこの曲も事変でお披露目したいよね』という会話からアイデアが拡がりました」(椎名)
 かくして男性メンバー各々が持ち寄った「一番収録したい1曲」と、その4曲を受けて椎名が書き下ろした1曲で 『color bars』が完成した。椎名林檎の楽曲は「今夜はから騒ぎ」。Discoveryツアー終盤戦のアンコールにおいて早くも演奏されたこのナンバー、思わずカラオケで歌いたくなる歌謡性と中毒性の高いメロディに“東京"を舞台とした歌詞の世界観から、椎名ソロ名義の「歌舞伎町の女王」や「丸ノ内サディスティック」などのナンバーを想起するリスナーも少なくないだろう。
「男性メンバーのあまりに絶対的で揺るぎない4曲を、どう殺さずに活かすか。そんな曲をどう書けばいいのか、かなり悩みました(笑)。東京という、寄る辺ない街を漂って、酩酊して、覚醒していくイメージで書きました」(椎名)
 伊澤一葉の楽曲は「怪ホラーダスト」。エッジなアレンジをバックに、伊澤の邦楽体験の一端である'80年代ビートロックを彷彿とさせる、伊澤本人によるグラマラスで挑発的なボーカルも興味深い一曲に。
「椎名さんのディレクション通りに仮歌を録っていたら彼女がウケちゃって、結局『この曲、私のボーカルいらないよね?』って言われて『えーっ!?』って」(伊澤)
 亀田誠治の楽曲は「タイムカプセル」。これまで「閃光少女」や「21世紀宇宙の子」の作曲において“いまを精一杯生き抜く"というテーマをメロディに変換してきた亀田が、今回初めて作詞も含めた形でそれを実現させた。
「去年父親を亡くした際に、その悲しみと共に、自分が継いだ命を子供たちはどう繋いで行くのか、そして『今の自分は人生のどんな場所にいるのか?』という問いに直面したので、それを確認するために書いてみました」(亀田)
 浮雲の楽曲は「sa_i_ta」。彼のマニッシュなソングライティングのセンスが、これまでになく華やかな色彩を帯びて開花した、“事変meetsニュー・ウェイヴ"といった新境地を感じさせるダンサブルなナンバーだ。
「これまでの俺の曲はシュッとしたフォルムになりがちだったので、今回はガチャガチャしたものを投げてみた。踊ってほしいな。クラブで流してほしいです」(浮雲)
 刄田綴色の楽曲は「ほんとのところ」。刄田自身がボーカルを取り、眼に映る“死"をただただ絶唱するこの曲は、前述の通り、『スポーツ』制作時には存在していた、現存する唯一の刄田のオリジナルである。
「年に1曲ずつ作って、10年後に10曲ぐらい揃ったら発表出来る機会でもあればいいなと思っていたのに、まさか最初の曲が、しかも事変で発表されるなんて思わなかった」(刄田)
 筆者はこれまでも度々書いてきたが、東京事変とは極めて稀有な集団だった。椎名という驚異的な才能を持ったアイコンを中心に、世代も個性も異なる4人がそれぞれの人格を持ち込みながらも奇跡の如く成立しているという、理想的なシンフォニー(交響曲)のようで、その実、非常に危ういポリフォニー(複音楽)のような音楽家集団だったのだ。今回の 『color bars』は、まさにそんな集団を形成する5人の資質、その本性が剥き出しとなった作品であり、常に変幻自在だった“事変らしさ"を考察する向きを、最後の最後までポジティブなまま煙に巻いたのだとも言える。
「みんなで「最後だからって最後っぽい曲を持ち寄る感じは避けようね」って話もしていたので」(伊澤)
「僕の好きなフィギュアスケートに例えるとこのアルバムは事変の“エキシビション(特別実演)"ですね」(亀田)
「よく同業者の方に「こんなバラバラな5人がよくひとつになっているね」と言われて「失礼だなあ」と思っていましたけど、この作品でようやく「なるほど」と納得出来ました」(椎名)
 東京事変という集団のなかで遺憾なく放たれた五色の光彩。その眩さと愉しさを十二分に体感出来る一枚が、この『color bars』だ。『教育』、『大人』、『娯楽』、『スポーツ』、『大発見』とチャンネルをテーマに五枚の傑作アルバムを産み出してきた事変が、本作でそのプログラムの“放送終了(=color bars)"を迎える。
 このあまりに奔放で、個性と可能性に富み、湿っぽさもほぼ皆無といった本作のトーンは、椎名が、ひいては事変という集団が抱いてきた“美学"そのものだ。無論、レビュアーという立場を忘れて本音を言ってしまえば、あまりに惜しく、残念であるという言葉しか見つからない。
 だがそれでもリスナーには、その道程を全速力で駆け抜けることで彼らが起こし続けた“事変"の余韻を、この『color bars』によって堪能する行為を今は推したい。何故なら呆れるほどに自由度の高い音楽が誘うものは、きっと涙ではないはずだから。
 最後まで粋で天晴れな音楽家集団であった東京事変に、今はただただ心から、感謝と拍手を送りたい。

(内田正樹)