「Discovery」ライナーノーツ
まず本作のジャケット写真を見てほしい。これは実際のライヴ終演直後に撮影されたものだ。昨日今日にバンドを始めた者達では絶対に醸し出すことの出来ない、素晴らしい表情と空気感ではないか。
2012年1月11日に解散を表明した東京事変にとって、〈Live Tour 2011Discovery〉は全国を巡る最後のホールツアーとなった。ライヴは9月30日の東京・府中を皮切りに、12月7日まで全国18会場24公演が行われ、その後12月24日には青森県青森市、26日には福島県いわき市での追加公演も催された。その中から12月7日・東京国際フォーラムAの公演を収録した映像作品が、本作『Discovery』である。
このツアーでは演出/映像に、事変の数々のPVを監督してきた児玉裕一を迎え、映像とライヴサウンドのシンクロを多用した、事変史上最もエンターテインメント性の高いステージが展開された。その醍醐味はまずオープニングの「天国へようこそ」から早々に体験することが出来る。ステージ前面を覆う巨大な紗幕。漆黒の闇に隕石のような物体が白煙を上げて落下する様が映し出されると、その向こうから椎名林檎をはじめとする事変の5人が徐々にその姿を現わす。幕はベールのように彼らの姿を覆い続けているのだが、そこに星座を模した点と線によって“HERE'S HEAVEN"の文字が描かれる頃には、観客はもう〈Discovery〉の世界観に呑み込まれている。そして2曲目の「空が鳴っている」の鐘の音を合図に幕が上がった時、えも言われぬ多幸感に襲われるのだ。
アナウンスこそされなかったが、このライヴではアルバム『大発見』の全ナンバーを軸に、“大自然"、“大都会"、“大発明"、“大宇宙"という、4つのテーマを設定。彼らはそのテーマ毎に、プリミティヴな、クールな、ラジカルなプレイを積み重ね、遂には疾走感溢れるミクロコスモスをステージに創造する。艶と気高さを兼ね備えた椎名林檎の姿は、全編に渡って威風堂々として優美だ。そんな彼女のヴォーカルが、浮雲、伊澤一葉、刄田綴色、亀田誠治による、フィジカルとメンタルの全てを注いだサウンドと融合すると、東京事変特有の有機的なグルーヴが生まれる。前回の〈ウルトラC〉がフィジカルの“せめぎ合い"といったステージだったのに対して、この〈Discovery〉は緻密なコミュニケーションの構築で“大発見"を勝ち取らんといった、総力戦のパフォーマンスである。
他にも、「禁じられた遊び」のアウトロにおける、水中を浮遊する椎名の様子をフェイントとしたメンバー全員による衣装の早変わりや、「秘密」の浮雲・伊澤コンビによるラップに、“UKIGMO"ネオンをバックにした浮雲のソリッドなギターソロ。「女の子は誰でも」1曲のみで披露されるファンシーなドレスとキュートなポージング。本編折り返し地点で上映される児玉による“ディスプレイの進化"を表現したCG映像。ラストアルバムのタイトルにもなった“カラー・バー"に彩られ颯爽と登場する椎名の姿や、「某都民」、「OSCA」で聴ける亀田のベースソロ。そして「絶対値対相対値」から「電波通信」という尋常ならざる怒濤の曲順を叩き切る刄田のドラミングに、「かつては男と女」や「電気の無い都市」での、思わず固唾を呑む伊澤の鍵盤等々、さながら全ての楽曲がクライマックスのようである。
アンコールで『color bars』収録の新曲「今夜はから騒ぎ」を披露した後、デビューシングル「群青日和」を経て、“NIPPON"の電飾サインと紙吹雪も天晴な「新しい文明開化」で〈Discovery〉は大団円を迎える。
オフィシャルサイトのインタビューにも記されているが、彼らは2011年初頭に解散を決意していた。『大発見』も〈Discovery〉も、終焉を見据えた上でのアルバムでありツアーだったのだ。ウスイヒロシ監督による的確なカメラワークと映像編集は、事変の遺したバンドマジックのリアルを存分に描き出している。つまり本作は事変最後の全国ホールツアーの記録であると同時に、最後まで飽く無き音楽探究を続けた5人の音楽家のドキュメンタリーでもある。
本稿は解散発表から5日後に執筆しているが、様々な媒体やネット上で、解散を惜しむ声は尚も後を絶たない。絶頂期の演奏を収めたバンドの金字塔として、また前述のジャケット写真が物語るように、遺された時間を最高値で駆け抜けた集団の、清々しいまでの美学の記録として、この〈Discovery〉は極めて価値の高い映像作品と言えるだろう。
惜しみなく贈られる声援と拍手の向こう側に、彼らが見ていた“大発見"とは、何だったのか----圧倒的なエネルギーを擁した本作の鑑賞から、ぜひそれを“発見"してほしい。
※ なお、本作のエンドロールで流れるエリック・サティ“グノシエンヌ第一番"は、ツアー会場に於いて開演直前のSEに使用されていた楽曲である。
事変が主題歌として「天国へようこそ」を提供した、三木聡監督によるテレビドラマ『熱海の捜査官』の劇中で使用されていたものだ。熱心なリスナーをニヤリとさせる伏線であると同時に、メンバーから三木監督へのリスペクトが感じられる心憎い嗜好であったことを付記しておく。
(内田正樹)