「珍プレー好プレー」ライナーノーツ
2004年5月30日の始動から2012年2月29日の解散まで約8年に渡って活動してきた東京事変。そのライヴ・ヒストリーを1枚に凝縮した映像集『珍プレー好プレー』は、そのユーモラスなタイトルとは裏腹に、東京事変の圧倒的なライヴ・クオリティとその時代を鮮やかに映し出す。彼らの軌跡は、ギタリスト晝海幹音とキーボーディストH是都Mというメンバー2人が脱退、その直後に新たなギタリスト浮雲とキーボーディスト伊澤一葉が加入した2005年7月を境に、大きく二つの時期に分けられる。
その第一期、2004年のファースト・アルバム『教育』とその翌年に行われたツアー“Dynamite!”は、メイン・ソングライターであった椎名林檎がソロの作風からグラデーションを描きながら、初期衝動的なバンド・サウンドを通じて、さらなる可能性を模索した時期。避けようにも生じてしまうソロとプロデューサー/バックバンドという枠組みを超えて、5人のメンバーが対等に、そしてより密に結びつくことで得られる解放感がこの時期のライヴからは感じられる。
そして、メンバー交代を経た第二期はバンドの歴史の大半を占める。2006年のセカンド・アルバム『大人(アダルト)』と映像作品化が初となるその直後のライヴ“DOMESTIC! Virgin LINE”は、日本武道館と大阪城ホールといういきなりの大舞台と伊澤の腱鞘炎というハンデを抱えていた。にもかかわらず、その音楽性は一気に洗練と成熟へと向かい、音のみを通じてお互いが高め合っていく、文字通り、大人のバンドとしての東京事変の個性はこの時期に確立された。そして、約2ヶ月間に渡って行われた2006年のツアー“DOMESTIC! Just can't help it.”の映像は、前回のライヴ経験を踏まえ、自由度を増して、よりカラフルになったアレンジをタイトな演奏にまとめあげるバンドならではの進化が実感出来るはずだ。その進化は椎名以外のメンバーが作曲を担当することで2007年の表情豊かなサード・アルバム『娯楽(バラエティ)』へと繋がり、その後のライヴハウス・ツアー“Spa & Treatment”においては、ステージ演出を抑え、楽曲と演奏を通じて自信をもってオーディエンスと向き合った。
その後、椎名が再びソロを活発化させた2年を挟み、2010年の4作目アルバム『スポーツ』とそのツアー“ウルトラC”、そして、2011年の5作目アルバム『大発見』とそのツアー“DISCOVERY”は、メンバーの個性のクロスオーバー感とモダンなポップ感覚が東京事変のオリジナリティを強固なものにした時期。そして、バンドに安定感が感じられたからこそ、その後の解散発表はあまりに唐突に感じられた。しかし、到達感が確かに感じられたからこそ、大人のバンドは潔い決断を下したのだろう。ラスト作にしてミニ・アルバムの『color bars』と最後のツアー“Domestique Bon Voyage”はメンバーの新たな門出を祝うかのように、バンドが長らく培ってきたエンターテインメント性を一気に花開かせ、東京事変は2012年2月29日に惜しまれながらも華やかに解散した。
他を寄せ付けないアーティスティックな表現というレベルにとどまらず、それを一級のエンターテインメントへと昇華するプロフェッショナリズム。それこそが東京事変なのだと、この映像作品を通じて改めてそう思わせられる。衣装やメイク、ステージ美術、照明、映像といったライヴにおける全ての徹底したこだわりとその都度構築されるシネマティックな世界が堪能出来る単体のライヴDVDに対して、この作品は一本のライヴの流れから切り離された楽曲単位の魅力にフォーカスが当てられている。しかし、それゆえに曲ごとにがらりと変化するヴィジュアルの強度や楽曲の揺るぎない魅力、メンバー個々の極上な演奏スキルが浮き彫りになっている点は、この作品の一番の魅力といえるだろう。さらにいえば、その点こそが、音楽配信やリスニング環境の変化によって、アルバム単位だけでなく、曲単体でも聴かれるようになる一方、音源だけでなく、音楽フェスやライヴにも重きが置かれるようになった多角的エンターテインメントの時代に、その最前線で活躍した彼らの成功の秘密でもある。その意味において、ライヴ・ヒストリーである本作は2004年以降の時代を映し出すドキュメンタリーでもあるのだ。そんな作品に『珍プレー好プレー』というタイトルを付けるエンターテインニングなセンスと音楽に対する謙虚さ、余裕と自信も含め、解散してなお、東京事変は強いインパクトを与え続ける。
(小野田雄)