「能動的三分間」オフィシャル・インタビュー

約2年ぶりの再始動!

――前作の「娯楽」は、東京事変ならではの可能性がはっきりと感じ取れる力強い作品で、林檎さん自身も「バンドとしてやっとスタートラインに立てた」とおっしゃっていました。にもかかわらず、再始動まで約2年の期間が空いたのはなぜでしょう?

椎名
本当はすぐに次を詰めていきたいというのはあったんですが、私がソロ10周年という、これまでの音楽活動を振り返ってかなければいけない時期を迎えたこともあって。どうせ期間があくなら、もうちょっと劇的な成長を聴いてもらいたいと思うようになったんです。事変については特にそう思って、勉強したいことが増えたので、一年間ほどお休みをいただきたいと申し出たんです。その結果、リリースまで倍ぐらいの期間が空いてしまったという感じです。

――え、休まれてましたか?

椎名
あくまでも希望でしたね(笑)。その間、フェス(RISING SUN ROCK FESTIVAL)や林檎博(Ringo EXPO ‘08)もありましたし。ただワンマンのツアーやフルアルバムを作ったわけではないので、比較的、余裕はありました。

――“劇的な成長”を見せたいと思ったキッカケは何だったんですか?

椎名
‘07年のライヴツアー“Spa & Treatment”があった後、フェスに出演した際、なんか、『あのツアーやっておいて、この到達地点は甘いんじゃないか、何か生温いな』という感覚を持ったんです。漠然とですが、音楽的なところで。事変なら、ショービジネスの品質としても、もうちょっと極まったところにいけるんじゃないかというふうに考えたのです。

――それはライブをしている時に感じたんですか?

椎名
そうですね。ライブも含めて全体的に、かな。前回のツアーが終わった直後から既に、『事変をやる場合、次はただやるんじゃ済まされないな』っていうふうに感じていましたし。なぜか、『次、伸び悩むだろうな』って……そういうふうに思ったんです。
伊澤
ふ~ん(笑) ホント? そういう風に思ってたんだ。
椎名
思ってた(笑)

――「娯楽」のときは、やっとスタート地点にバンドとして立ったっていうようなお話されてましたよね。

椎名
そう。だから、これで、ちょっと緩むっていうか、だれる感じがしたの。自分が先にやっぱり飽きてしまうから。もう、初恋のときめきは終わったわけですし。
伊澤
そうだよね。だから、こっちは、もう繋ぎとめるのに必死ですよ(笑)。
椎名
そんな意味じゃないけど(笑)

――そのへんはメンバーとは話し合われたんですか?

椎名
いや、何も言わなかったです(笑)。

――伊澤さんは、この2年間をどんな風に感じてたんですか?

伊澤
個人的な活動を主にやってたんですけど……。ま、なんの意識もなく、ただ時が過ぎて行ったという。

――(笑)

伊澤
すいませんね、真逆のこと言って(笑)。曲は一生懸命作ってましたよ。

――その間に事変に対する心境の変化はありましたか?

伊澤
2年は長いですからね。常に事変のことを考えているっていったら嘘になりますし。もともと東京事変というバンドは、あまりバンドらしいバンドじゃなくて、それぞれの個性が拮抗するセッションバンド的な感じで自分は捉えてるんで。やっぱり久しぶりにでも会えば何かしら新しいものが生まれるっていう、そのラインは常に越えてますから。そこは安心しているので、期間が空いていれば、それだけ、それぞれの経験値積んで、またより良くなるだろうなとは思ってましたけど。

――お休み期間に、メンバーと会ったり、コミュニケーションはあったんですか? 

椎名
ほとんど会わなかったです。私は、次へ行く支度ができてないっていう感じがあって……仕事を依頼するわけでもなく、何話していいかわかんないし(笑)。

――伊澤さんは?

伊澤
僕もあんまりとってなかったと思います。というよりは、会ったかどうかも忘れてます(笑)。たぶん、意識しないくらい自然な関係性のままだったから。一回ちゃんとつながった人たちとは、2年空こうが3年空こうが、互いの関係性は信頼しているし、続いているもんだろうと思うから。友人だってそうですよね。だから、何の心配も特別な意識もなかったですね。

――つくづく、それぞれが自立している人たちの集団ですよね。

椎名
そうでありたいなとは思うんですけどね。

――久々に5人で集まってやろうってなったのはいつぐらいだったんですか?

椎名
昨年末に一回、ミーティングしたかな。その時はまだ「三文ゴシップ」を録り始めてもいなかったですけど。

――そこで今後の展開みたいな話をして、ちょっとずつ動き出した。

椎名
そうですね。それで、今年に入って、アルバム制作のためにみんなで楽曲を持ち寄ったんです。

――楽曲を持ち寄る際は、アルバムのテーマって決めてたんですか? 

伊澤
決まってました。珍しく、テーマありきで曲を作ってもっていきましたから。「娯楽」のときは違ったよね。
椎名
「娯楽」もないし、「大人」もなかったです。

――そのテーマというか、縛りは何ですか?

椎名
Sportsです(笑)。

――それだけですか?

伊澤
それだけです。

――注釈もなくて?

椎名
はい。“俺なりのスポーツ”ということで、作ってきてもらいました。

久々のシングル「能動的三分間」について

――そして、今回のシングルが久々の東京事変での活動になるわけですけど、林檎さんの詞と曲ですよね。前回は林檎さんが曲を書かないと宣言されていましたが、今回はもうちょっとこうフラットな感じなんでしょうか?

椎名
「娯楽」の時に、私の作家としての部分をミュートしたのは、バンドとしての血流が悪くなることを避けるためだったんです。それまでは、曲の作り方が一方通行に固定されてた気がするんですね。たとえば、「透明人間」っていう曲を亀田さんが書かれたら、そこですでにほかのメンバー陣は“これじゃなきゃいけない!”っていう唄のメロディを尊重しながらみんなで編曲の正解を探すっていう作業だったんです。でも、せっかくグループ制作をしているんだから、唄メロすらも大きく転換させたり、もんでみてもいいことなんですよね。誰かが書いたものに対して、一方通行に意見を出し合うのではなく、みんなでいろいろな方向に行けるよう曲作りの可能性を拡散させたかったんです。前回、私が曲を提出しないことで、それが自然とできるようになってきたので、今度は、その枷を外して、『誰が作家か』なんて関係なく、よりハードルの高いところを目指してみたいなと。それで、次なるアルバムに向けて、“sports”というテーマを決めて、みんなが曲を持ち寄ったんです。その中で、この曲がシングルになったのは、単純に広告に決まったのがあの曲だったからです。

――「能動的三分間」は新鮮でした。テンポとか、わかりやすくアグレシッブなわけじゃないけど、躍動感があって。あからさまにポップではないけど、快感度は深いし、中毒性もあるし。

椎名
ありがとうございます。

――この曲はどんなふうに、いつぐらいにできましたか。

椎名
今回も別に、私の曲をしゃかりきに入れたがったりはしていなくて、だから、この曲は、『いかにもスポーツ』ではないですよね(笑)。おっしゃるように、短距離走というよりは、中長距離みたいな感じだし。実はこれ、私の中では、練習曲みたいな意味合いがあったんです。グループとして、こういう曲もできるようにならなければいけないと言うような。次のステップにいくときのトレーニングみたいな風に思ってました(笑)。私を除いた4人が、演奏するときに出して欲しいノリがあって、そういうのを体得していくために作った曲なんです。でも、まだまだ飛び越えなければいけないものが他に多すぎるし、あのノリが表現しきれてないのに録音するのはありえないから、録る前に諦めようとした経緯もあったり。(CM曲に)選ばれなければ先送りしたと思います。

――出しかかったノリっていうのは、具体的には?

椎名
うーん、そうだな……専門的な話かもしれないけど、あれくらい早めのテンポで16ビートがスウィングしていて、それを決して打ち込みで設定して走らせるわけでなく、生身の肉体でやるっていうことなどでしょうか。ものすごく難易度は高いですが、やってみたくて。このメンバーだったら肉感的に、それでしかもかつてどこにもなかったようなノリが作れるような気がしたんですよね。私、東京事変に対しては、まだ見ぬ何かが見れるという期待が強くて(笑)。だから、この曲を演奏するのは、大変でしたよね?
伊澤
うん。

――試行錯誤だったんですか?

椎名
トレーニングって感じですよね。部活の朝練みたいな。肉体的に大変だったし、緊迫感もあったかなと。
伊澤
「娯楽」のときとまったく違うよね。もちろん楽しみながら、スポーツはしてると思うんですけど。
椎名
音楽だよ(笑)。
伊澤
あれ? 音楽でしたね(笑)。でも、前作とはまったく違う感じで、緊迫感はありました。

――今、話に出てきた“肉体的・肉感的な感じ”っていうのは、この曲のキーワードですね。湧き上がるような躍動感というか、ファンキーとも言えるけど、これは肉体的・肉感的っていう言葉のほうがあってる感じです。

伊澤
あ、それはいいですね。
椎名
うん、そうだといいね。

――アレンジは、シンセサイザーとコーラスが印象的でした。

椎名
シンセサイザーもコーラスも、ありきの曲ですからね。デモ段階に、決まり事としてそれらを入れておいたんです。女声側としてはキーをあと4つぐらい高くしたかったけど、浮雲の声のスイートスポットにキー設定を合わせに行きました。

――先に縛りありきなんですね。

椎名
この曲は特にありました。BPMとかも。
伊澤
多かったね。
椎名
難しかった。

――3分っていうのも、縛りですしね。

椎名
はい(笑)

――その縛りをみんなで越えていくみたいな作業だったんですね。

椎名
そう。で、途中で自分が真っ先にめげそうになっていました。『もういいよ、この曲やらなくて』みたいな(笑)。

――そういうときは、みんな励ましあいながらみたいな感じ?

伊澤
いや、誰もそんなこと出さないですよ(笑)。
椎名
思ってても決して言葉には出さない。許されないから。
伊澤
うん、許されないですね。

――(笑)

椎名
それから、これはムーンウォークの練習をするための曲でもあったんです。

――そういえば、この曲のPVの中でムーンウォークをされていますよね?

椎名
そうなんですよ。だから、そもそも本番の曲として発表することよりも、自分たちが練習することのほうが大事だったというか。お客さんがいるっていうことをちょっと忘れがちな曲だったんです。だからさっきの練習って言うのは、楽器の練習はもちろんのこと、『これ弾きながらムーンウォークできるかどうか』などなど、自分たちがいかなきゃいけない新しい領域に達するためのテーマソングともとれるような・・・。
伊澤
リハのときから、レコーディングリハなのに(笑)、ムーンウォークしながらやってたね。

――まだ、PVの内容が決まる前から?

椎名
やってたよね。すごく先のことまで考えてたのかな?
伊澤
先に考え過ぎちゃったからね。
椎名
それとも、後先考えてないのか・・・どっちかわかんない(笑)。
伊澤
でも肉体的ですよ、はい。

――歌詞は、カップ麺のことから始まります。テーマはスポーツなのに、なんでカップラーメンの話なのかが気になります(笑)。

椎名
ねえ? 自分でもホントに、わかんないです(笑)。

――3分といえば……みたいな?

椎名
そう、ただそれだけだった(笑)。

――(笑)でも、歌詞は語感の気持ちよさを追求しつつも、音と連動して大切な言葉も歌われてるのかなと。

椎名
ホントに? 大切なことが歌われてましたか?(笑)

――体の内側から湧きがって来るエネルギーを大切に、自力を出せ!みたいなことなのかなと。そういうことじゃないんですか?

椎名
そっか、そっか。でも、そんなにメッセージ込められてた気がしなくって(笑)、成功してる気がしないからわからないです。ホント、今回は、反射神経で書いちゃってるから、わかんないです。

――なるほど。メッセージっていうよりは、そういう感情がこもってる感じがしました。おっしゃるように反射神経で出てきた言葉がフレーズとして連なってるんでしょうけど、林檎さんが普段、普通に感じてることが、そこかしこににじみ出てるのかなって。

椎名
そうですよね。多分、口癖みたいな感じだと思います。でも、それを伝えようっていう意識はあんまりなくて、どっちかっていうと、メッセージを捨てて、肉体を取ったって感じだから。

――林檎さんの歌詞は、もともとそんなストレートにメッセージを込めたりしないと思うんですけど。歌詞の書き方って楽曲によって違うんですか?

椎名
意図して何種類かに分けてるっていうつもりはないですけど。ただなんかその、この曲だったら、肉感的なことが肝ですから、それを拘束するような発音が出ないように、もっとノリに忠実な子音と母音の関係を探したり、そういう作業でしたよ。で、意味合いによる印象とが一致するっていうことは常々重要視しているつもりですが、『何より先にメッセージを優先した』と、言う経験は・・・そういえば今までにもないような気がしますねえ。いつか、それをやってみてもいいのかもしれない。

――伊澤さんは完成した「能動的三分間」を聞いた感想は?

伊澤
……目を閉じると、ムーンウォークをしてる。

――(笑)伊澤さんのムーンウォークがいちばんお上手でした。

椎名
(笑)。
伊澤
そうですか?たまたま、僕がそのPV撮影のときに、待ち時間がいっぱいあったから。ちょっと練習時間が長かったのかも(笑)。
椎名
伊澤と浮雲……ギターとキーボードのふたりは、かつてちょっとやってるとこを見たことあって。それで、この曲が出来て。当初は、私さえ練習すれば、3人でズラーっとやれるかなと。複数のムーンウォークなんてあんまり目撃したことないでしょう?『それが実現できれば』と思って。そしたら、いつの間にか、リズム隊の2人もできるようになってた。体作ってきてた(笑)。

――すごい(笑)。

椎名
彼等は確かにしたんだろうね、練習。
伊澤
トシちゃんがいちばんしてたんだよ(笑)。先生と呼ばれてましたから。
椎名
教えるのうまいもんね。今となっては。
伊澤
中毒性はあるんです、ホントに。

――なんでムーンウォークだったんですか?

椎名
……マイケルが亡くなったからかな? ちょうどソロのアルバムを出すころに亡くなって、マイケルがお元気だったころは、独占的だったと思うんです、ムーンウォークっていうのは。でもこれからさきは誰かが引き継いでやっていかなきゃいけないんじゃないかと思って。

――ホントですか(笑)

椎名
今、つい、思ってもないことを(笑)。
伊澤
すげえな(笑)。

――でもキッカケとしては、きっとマイケルの映像を見たことですよね。

椎名
多分そうだと思います。私は、「デンジャラス」をリアルタイムで聴けた世代なんです。ただ、あんまりパフォーマンスっていうのを拝見出来ていなくて。ホントに純粋に音で が好きだったんですよね。「デンジャラス」サウンドを作ったテディ・ライリーのファンなんです。しかし今の時代、活躍している男性パフォーマー/クリエーターと来たら、ほとんどマイケルがきっかけだとおっしゃるじゃないですか。そんなお話をたびたび聞いてたら興味がわいてきちゃって。やっぱり圧倒的にかっこいいですしね。

カップリング「我慢」について

――カップリングの「我慢」は伊澤さんの楽曲で。本能的というか、これも肉体的といえるのかな。展開がすごく面白いです。

伊澤
変ですよね。
椎名
あなたの曲はいつもそうだよね。
伊澤
うん。今回スポーツっていうテーマがあったんで、全曲それに沿って作ったんですけど、この曲はもう1月には出来てましたね。
椎名
うん、12月かな。そのぐらい。

――スポーツ縛りの曲というのは、具体的には、どんな風に作っていたんですか?

伊澤
今回、ほとんどの曲がそうなんですけど、まず、テンポから作り出したんです。展開とかは別にスポーツを意識したわけじゃないんけど、念頭にはあったのかな。あとは、やっぱり事変でやるっていうことを意識しましたね。個性とか、テーマがそれぞれ違う5人でやること、それが混ざっていくことを前提に作っていた。この曲もそうだし、そういう曲が多かったかもしれない。

――林檎さんは先ほど、今回、伊澤さんが持ってきた曲が新鮮だったとおっしゃっていましたが、その中の1曲だったんですか?

椎名
そうですね。やっぱり曲を生むときは、自分の感情や肉体という、いわゆる自然のものを『濾過する、もしくはブーストする』装置をどれだけ挟まないでいられるか・・・肉体を直で音楽へライン接続できるか否かという点がすごく難しいわけであって。構えてしまうと絶対に出来ないことです。伊澤さんの曲は、曲ごとの良さがあるけど、それらどれもが直結してるように聞こえるんですよね。彼自身が歌ってる曲もそうだし。事変に関しては、私とはキーが違うので、ボーカルをまったく入れないでデモを持ってくるんです。歌声の代わりに、シンセの某かの音色がビーッと入ってるんです(笑)。そんな打ち込みですら、伊澤一葉という人間そのものと直でつながってる感じがして。そういう印象を受けるからこそ、面白いんですよね。彼が自身を生の音楽に変換していく作業は。『果たしてどうやってんのかな』って、いつも盗んでやりたいと思ってるんですけど、盗めない(笑)。
伊澤
どうやってるも何も、そのままなんですけど(笑)。FUNNYな奴ってだけじゃないかなあ。

――伊澤さんは、前作の時に、「楽曲作りは前頭葉部分で考えている時期もあったけど、だんだん、考えずに作るようになってきた」とおっしゃっていましたよね。

伊澤
ホント? 適当なことばっかりですね(笑)。はあ~、はいはいそうだった(笑)。でも、今回はそういうのホントなかったかもしれない。
椎名
いつも自由に行き来してんだよね、この人。今回は、考えてもないでしょ?
伊澤
うん、考えてなかったかもしれない。今回は、考えたのは、やっぱりテーマかな。スポーツっていう縛りだけだった。
椎名
集中できてたんだね。

――伊澤さんは、インタビューで、「この曲は4、5分でできました」みたいな発言をされてることが多いですよね。

椎名
そういう感じするね。
伊澤
僕に関して言えば、基本的に曲ができるっていうのは、そういうことなんです。
椎名
私にとってもそこは同じですね。ホントにリアルタイムっていうか、3分だったら3分のことでしかないというか。
伊澤
それがスッとね、さっき言ったみたいに直結で出たときに、曲になるっていうだけで。

――頭の中にあった曲と自分がつながったときに一気に出てくるものだと。

椎名
そんな感じはします。それにしても、『あ、いま雑念みたいなものが混入したな』なんて反省することもよくありますし、私にとってはそこがいちばん難しいところなんです。伊澤は、純度が高い気がして。一聴すると、アバンギャルドな展開だけど、『でも人間ってそういうものだよな』って思うんです。『さっきまでこうだったのに、なんでこんななっちゃうの』っていうのが人生ですから。伊澤とやりとりしていると、『あ、彼の作る音楽とイコールなんだ』って感じるんですよね。すごく合点がいくというか。この曲みたいに『変で笑っちゃうけど気持ちいい』って感じるものが生まれたのは、常々音楽と本人がイコールだからなんじゃないかな。

――なるほど。伊澤さん自身もそういう感じ?

伊澤
自然に自由にやらさせてもらってるんですね。

――歌詞は、林檎さんが書いていますが、初めての関西弁で怒りを……。

伊澤
(笑)
椎名
なんで笑うの?(笑)
伊澤
いやいや(笑)。
椎名
これは、伊澤さんからのリクエストで。『東西対決がいいんじゃない?』 と、言われたんです。
伊澤
林檎ちゃんが関西弁で歌ってるところがすごく聴きたくて。絶対かわいいだろうなと思ったんです。それと、メロディが変わってるんで、絶対、林檎ちゃんしか歌えないような曲だと思ったし。電話でやりとりしながら、『それいいね』みたいな感じで進めていって。あとは具体的にするのは任せました(笑)
椎名
だから、困っちゃって。いきなりスタッカートだし。『ここのトゥトゥッていうメロディに果たして言葉がハマるのかな?』『ここは、“アカン”? それとも、“ジブン”がいい?』『・・・ちょっとわかんないよ~』と(笑)。関西に住んだこともないですし。でも、伊澤さんは「いや、絶対いいよ~」としか言ってくれないから。
伊澤
すんません(笑)。
椎名
話してる分には楽しいんですけど、あとは孤独な作業ですよ。ワードに打つときに、すごくためらいます。ひとり暗い部屋でパソコンに向き合いながら、『アカン? アカンって、私、本当に歌うのかいな』と(笑)。
伊澤
でも、この曲、俺すごい好き。完全に僕の趣味になっちゃったかな(笑)。

――でも、ホント、関西弁、すごくよかったです。ハマりもいいし、歌唱も含めてインパクトがあってチャーミングでした。

椎名
ありがとうございます(笑)。

――ちなみに、歌詞はなぜ「我慢」をテーマにしたんですか?

椎名
楽曲を聴いていると、何か軋轢というか、忍耐という感じがするのと・・・ピアノのラテン部分でパッと広がる感じがまた・・・単純な開放じゃなくて、すごく刹那的な、だましだましの悦みたいな印象があって(笑)。だって、また元に戻るでしょう。そういうところから発想したのかな?
伊澤
……すごいですよね。ホントに曲をこんなに汲んででもらって! 林檎ちゃんはたぶん、メンバーの中でもホントにいちばんデモを聞いてると思うんですね。
椎名
そりゃそうだよ、当たり前だよ。それだけは負けない。自分がいちばん正確に言いたいもん、口で(笑)。

――1曲1曲、かなり聴くんですか。

椎名
聴きます。何がこの曲の核なのかっていうのを、いちばん把握していたいから。
伊澤
作った本人よりも理解してくれてる。作った本人が、あとで言われて気づくみたいこともあるもんね。林檎ちゃんに「だって、この曲って、ここはこうでこうでしょ」って言われて、「あ、そういえばそうだったね」みたいな。今の展開に沿って歌詞を作ってくれたっていう話も、あぁ、すごく汲んでもらってるなぁって気づく。本人はバカだからすぐ忘れちゃうんですね(笑)。
椎名
バカじゃないよ。忘れていかないといけないんだよね。忘れて、どんどん先に、いって欲しいから。

――理想的ですよね。どんどん走っていくのを、そばで感じ取って、愛をもって理解してくれる人がいるっていうのは。

伊澤
ホントにありがたいですね。感動したよ。多分この歌詞は今回のベストかも(笑)。
椎名
まだ、シングル曲だよ(笑)。頑張ってるよ、他のアルバム収録曲も(笑)。

現在の東京事変について

――伊澤さんは、さきほど、これは林檎さんしか歌えない曲だからとおっしゃってましたけど、事変の曲作りに対してはいつもそういう思いを抱いているんですか?

伊澤
今回用意した曲はほとんどそうだと思う。ちょっとニヤっとしながら書いてましたしね。こんなの普通は歌えるか! みたいな(笑)。他のパートもそう。このベースライン、絶対、亀田さんぐらいしか弾けねえぞみたいな!
椎名
ちょっと得意になってるんだね。
伊澤
「大人」「娯楽」とやってきて、もうホントにわかってるんです、ポテンシャルの高さが。だから、できるだろうって信じているし。

――テンションとかポテンシャルとかスキルとか、全部ですよね、その高さっていうのは。

伊澤
そう。だから、事変じゃなければ絶対やろうとも思わない曲ばっかり持って行くからね(笑)。

――林檎さんもソロの時と、事変の曲を書くスタンスっていうのはやはり違いますか?

椎名
そうですね、やっぱり、事変に対しては、絶対に、一作一作、一音一音極まっていかなきゃいけないっていうような、意識があります。『シンガーソングライターが、いいオケで、いい歌を巧く歌う』と、言うのとは話そのものが違うと思います。やっぱり肉体から、よりまっすぐ直結できるかどうかっていう勝負をいつもハッてるはずです。あと、自分のプレイに関して、陶酔を許されないグループですから。お互いのプレイに関して「こういう感じのアプローチもある」と、ディレクションし合っているんです。『鳴らされるべき音に対して、我を貫こうとしない』っていうのは事変の特徴かもしれないですね。
伊澤
今回は特にね。
椎名
特に……でしたね。
伊澤
メンバーが違うパートのディレクションすることが多かったですね。もちろんボーカルに関してはないですけど。歌詞を作ってる段階ではね。
椎名
あったね。

――そういう制作過程も、東京事変ならではなんでしょうね。

伊澤
自分のバンドとは全然違うと思います。事変に関しては、鼻からこう面白がってるって部分はあるでしょうね。さっき話した、絶対歌えねぇぜ、絶対弾けねぇぜみたいなのもあるし。それ以上にね、もう林檎さんを絶対楽しませてやろうっていう意識は、僕の中ではすごい強いと思う。負けたくないっていうのがすごいある(笑)。何やってんだって感じだけど(笑)。
椎名
そうだったんだ(笑)

――でも、理想的なモチベーションですよね。浮雲さんもそうなんですか?

伊澤
いや、彼は違いますよ(笑)
椎名
浮雲は、もっと小手先でいいと思ってる(笑)。だってひとりだけケガもしないし。みんな職業的にね、ポリープをはらしたりとか、腱鞘炎になったり一度ずつ経験してるけど、「俺はそんな皆さんみたいにマジメにやってないからケガしないんじゃないかな」って、ペロって言っちゃうんだから。今、まさに誰かがケガで苦しんでいると緊急時に、そういう不謹慎なこと言えちゃう人間だから。この場にいないから言ってるわけじゃなくて、彼がいてもわたしは同じことを言います(笑)

4thアルバム制作中

――現在、アルバムをレコーディング中ですよね。

椎名
そうですね。あとは仕上げっていうか、私の作業ばっかりですけど。

――テーマは、さっき出てきたスポーツということでしたが、タイトルは、漢字をあてるんですか?

椎名
一応、今までのルールからすると、競技、競う技になるなのかな。今のところ、カタカナのスポーツのイメージがいちばん強いです。

――今日の話の中で何度か出てきた、肉体的、肉感的なものになりそうですか?

椎名
はい。演奏していても何だかすごくエネルギーがいるし、小手先ではいかない感じがあるんです。ブースで演奏して、コントロールルームに帰ってくるときに、どの曲も、疲れ果ててます。『スポーティだな』って。
伊澤
うん。

――4thアルバムは、最初におっしゃってた、“劇的な変化”に至りそうですか?

椎名
いけるといいなと思いますけど……。こうして仕上げにかかってるときに、もう次のことを考えてるから、こんなんじゃないっていうのがやっぱり同時に出てくる。いけてるって思える期間がないような感じですけど。

――林檎さんはいつも先々まで感じたりとか考えたりとかしてますよね。

椎名
先々まで考えてるというよりは、今のことがすぐ古くなっちゃうんじゃないですかね。不正解になっちゃうっていうか。

キスミントのCMについて

――CM初出演の感想はいかがですか?

椎名
もともと広告の制作というものを見てみたいと思っていました。どういう仕組みになっているんだろうと。たとえば映画や芝居を作るかた、それから小説や漫画を作るかたなんかとお話させていただくと、やっぱり音楽は……ポップスなんて1曲単位で作ろうと思うと、つくづく広告的だなと思うんですよね。アルバム制作やショー制作はまた違うけど。三分のドラマを考えると、歌詞なんて小説というよりはキャッチみたいじゃないといけない。ポップスと広告にはリンクする部分を感じているので、知りたかったんです。とはいえ、今回、見たい部分が見れたってわけではないんですが。面白かったです。嘘のつき方っていうか、そういうのはもうちょっと、勉強したい部分です。

――監督は、東京事変のミュージックビデオ(「閃光少女」「キラーチューン」「能動的三分間」など)を手掛けている児玉監督ですよね。

椎名
ええ。児玉監督の作品は、きれいだし、すごく素敵で面白いんだけど、なによりあったかいですよね。 

――東京事変や林檎さんの世界が受け継がれつつも、CMとしてのメッセージもきちんと伝えていて。

椎名
児玉監督はそこが素晴らしいですよね。テーマとか時間とかいろんな制約がありながらも、ハッピーな部分を損失されない。むしろ、どんな商品の広告にも必ず多幸感を入れ込んでいらっしゃる。私が欲しいものをいっぱい持っておられる方だなといつも思います。

――PV同様、最後にムーンウォークのパフォーマンスが。

椎名
勢い余ってそういうことになっちゃって(笑)。そういえば、ムーンウォークをわたしが練習し始めたのももとは児玉監督の所為なんです。『性的四』(DVD作品)の中、アニメーションでエンドロールを作ってくださったんです。キャラクター化したアニメのわたしに、『ほんとうはムーンウォークをさせたかった』っておっしゃっていた児玉監督が、どうも忘れられなくて。「ムーンウォーク! 練習しないと!」って思いついて、練習用にこの「能動的三分間」という曲が出来て、今に至ります。じゃ、PVでも撮っちゃいましょうっていうことになって、最後は広告にも(笑)

ミュージックビデオについて。

椎名
監督のアイデアが面白いから、一所懸命、頑張りましたけど。大変だったよね?
伊澤
林檎ちゃんがいちばん大変だったと思う。朝のシーンから夜のシーンまで、全部同じ仕草でやんないといけないじゃないですか。だからすごい細かくやってたし、丸一日かかりましたね。
椎名
24時間でしたよね。

――かなりのテイク数を撮ったんですか?

椎名
はい。いろんな人とのいろんな時間を編集で繋げなければいけないから。でも、我々より現場スタッフ皆さんが大変だったと思います。編集で正確に繋がるように素材を撮るのは至難の業だったと思います。私たちは、皆さんがおっしゃる通りにするよう努めるだけでしたから。

――朝から夜までを追うとか、あの世界観は監督のアイデアですか。

椎名
そう。すごいですよね。ああいうことを他ではなさったことないはずなのに、思い切って挑戦されている。お金なり時間なり、人の労力なりを使ってなさるっていうのは、或る種の賭けでしょう? すごいなっていつも思います。そうじゃないとできないだろうなとも思いますけど。

――何で、朝から夜までなんでしょうね?

椎名
わかんない、1個1個わかんないんですよ(笑)。なぜ伊澤さんに花を投げなきゃいけないのか。
伊澤
当初は浮雲の予定だったです。浮雲に花を投げる予定だったけど、当日やっぱり僕になった。

――関係性を見せたいのかなって思いますよね(笑)。

伊澤
そんな仲悪くはないですよ(笑)。今回は制作も和やかだったし……。前の制作の過程ではいろいろあったんですよ。今は、まあ、もう大人になられたので、もっと許してくれるようになったんです。
椎名
……無言(笑)。
伊澤
(笑)

――次回は、そのへんのお話も伺えるのを楽しみにしてます(笑)。ありがとうございました。