「ウルトラC」ライナーノーツ
あの時間はまるで幻のようだった。
たしかにそこにいたという実感は強く残っているにも関わらず、夢のように儚くもあった――『東京事変live tour 2010 ウルトラC』。
毎回、ベストライヴとの呼び声が高い東京事変のライヴの中でも、“ベスト・オブ・ベストである”と多くのリスナーや専門家が口をそろえた本ツアー。興奮と不思議な感覚が冷めやらぬまま、あの幻の時間が確かめられるDVDがリリースされる。
本ライヴは、「スポーツ」という肉体的にも精神的にも極限まで使い切って作られた4thアルバムの、あのエネルギーを体現している。終始、一瞬の緩みもない、演奏、歌、衣装、音響、照明もすべてが完璧に溶け合って生まれたクオリティの高い総合芸術のようなライヴである一方、とても人間臭い、密度の濃いライヴでもあった。
生のライヴで鳥肌がたった箇所は、DVDでも鳥肌がたったし、その肉体の動きや表情を至近距離で見て、改めて鼓動の高まりを確認した個所もある。
「電波通信」は、あの超絶高速サウンドが生で演奏され、ストロボのような激しいフラッシュに呼応している。その音と光の洪水にものすごい覚醒感があるのだけれど、映像で、演奏するメンバーの動きを間近に見ると、さらなる興奮に包まれる。
「能動的三分間」では、ステージ後方に大きなタイマーが登場。文字盤の数字は、<-03:00:00>。CDでは三分で終わる本曲をライヴでも三分でジャストでやりきろうという演出だった。そんなスリリングなことを生演奏で? 残り30秒を切っても、まだ曲が終わる気配はない。余裕の表情で奏でているメンバー、手を振って歌う椎名林檎……! と会場は興奮を極めていたのだが――ここは映像で何度見てもやはりドキドキしてしまう。
そして、「生きる」。この曲のオペラのような壮大さと、生っぽさはライヴでも再現されていたし、メンバーの今の熱量と個性が如実に表れていたように思う。伊澤のエモーショナルなタッチに、浮雲の速いだけじゃない美しい指使いに、師匠(亀田)の威風堂々とした立ち姿に、刄田のストレートでエネルギシュなドラムプレイにも、それぞれの内側にあるかけがえのないものが露わになっていたよう。もちろん、椎名林檎の歌とパフォーマンスにも。これまでも、その歌声のオリジナリティ、体の形と動きの美しさには目をみはっていたけれど、今回はとりわけ素晴らしかった。手をあげる、腰を揺らす、身体をふたつに折り曲げて全身全霊から声を絞り出す。そのすべてが、計算しつくしただけでは決して生まれないであろう、経験と鍛錬と情熱の美が宿っていた。全員がステージ上で裸の心身を投げ出していて、そのことが、きっと、あの幻の時間を作っているのだと改めて。
4thアルバム制作前には、「久々に事変の活動をやるなら、ただでは済ませたくないと思う」と椎名は語っていた。その言葉に違わぬ作品『スポーツ』が完成した直後、今度は「ライヴでこの作品をいかにやりきるかが勝負」だと。自らハードルを上げ続け、黙々と飛び続ける。求道者であり、アスリートのようでもある東京事変。次はどこへ行くのだろう――と思っていたら、7月、早くも配信限定の新曲『天国へようこそ』『ドーパミント!』をリリースする。いずれも、予想できなかった新しい刺激と色気をたずさえた曲に仕上がっている。この2曲が、次の章の始まりを示唆しているのか。いずれにしろ、想像もつかないところへ誘ってくれるはずだ。
(芳麗)