「空が鳴っている/女の子は誰でも」オフィシャル・インタビュー
ツアーを終えて
――まずは、昨年のツアー「ウルトラC」の感想からお願いします。椎名さんが以前、『スポーツ』というアルバムはバンドの脂が乗ってきた最高の時期に作りたかったとおっしゃっていましたけど、その通りの作品であり、ツアーだったと思います。
- 椎名
- ありがとうございます。私は正直、目の前のことに一生懸命最善を尽くすだけだったので、最中も終わってからも、とりわけ感慨深いというわけでもなかったんです。みんな怪我をしていたし、私も喉以外で初めて怪我を負っていたし。最中はやり終えられるかばかり考えていたので。
――それだけ必死だったということですよね。
- 椎名
- そうですね。「ああ、ギリギリセーフだったのかな」と思う箇所もありましたし。
- 亀田
- 『スポーツ』っていうアルバムは、フィジカル的にもメンタル的にも底力を要求されるものだったので。ライヴでやるのはもちろん、その先にいるお客さんにちゃんと届けて納得できるレベルまで仕上げられるのかっていう想いはずっとありましたね。そこは、ツアーが始まる前もツアー中もみんなでよく話し合いをしました。
- 椎名
- でも、終えてみた感想は……いかがですか?
- 亀田
- 達成感のふり幅が広がったと思います。たとえるなら、子供が鉄棒とか自転車に乗るのを覚えて行くみたいな感じがあった。「あ、ここも行ける! ここも行ける!」みたいな。ツアー中にそういう段階を一歩ずつ越えてきた気がしますね。
- 椎名
- たしかに、階段を一段づつ昇ってきた感じですよね。
――ツアーの前半と後半ではかなり変化した部分もあるそうですね。私は、後半戦の東京で拝見したのですが、MCも一切なくなっていて、全体の密度がとても濃くて。
- 椎名
- MCをしないことに関しては賛否両論でしたけど、構成に関してはスタッフやイベンターさんの意見を聞いてメンバー内で話し合いを重ねて、だんだん変化していったんです。
- 亀田
- M密度が濃いのはいいけど、それで息がつまるような、終わって「はぁ~」っとお客さんがタメ息をつくようなライヴにはしたくなかったから。僕もこの業界での音楽生活が長いし、伝統的な定番スタイルをいっぱい見てきてしまったので考えてしまうところが多くて。『スポーツ』にしても、『ウルトラC』にしても、こんなに研ぎ澄ましていいのか、どこまでやっていいのかという気持ちにはツアー中も何度かなって。椎名さんには何度か言いましたよね。
- 椎名
- この2人でも何度か話し合いましたね。
- 亀田
- でも、結果的にあそこまで行き切れてよかったかなと。それも勢いで無理に行き切ったわけじゃなくて、ちゃんと相談しながら、少しづつ行き切れてよかった。
- 椎名
- 本当にそうですね。
- 亀田
- 緊張感のある完全燃焼の90分だったんですけど、その日々の繰り返しがどんどん心地よくなって……。僕ね、あのツアーに関しては、今でも時々、記憶がぶわっとフラッシュバックすることがあるんですよ。会場のお客さんの表情、移動中に観た町の景色。そういうものが今でもくっきりとフラッシュバックするんです。今までのツアーでは、そんなことはなかったから、やっぱり自分の中に吸い込んだものが大きかったんだと思います。
新たなスタート
――ツアーを終えてすぐに『天国へようこそ』『ドーパミント』をリリースして、次のアルバムに向けて制作に入ったそうですが、そこも驚きました。あのアルバムもツアーも燃焼率が高かったので、しばらくお休みされるかと思っていたんです。
- 椎名
- そうですよね(笑)
- 亀田
- 何で始まったんだろうね(笑)
- 椎名
- 現実的には、キスミントのCM第三弾とドラマ主題歌の話をいただいたのもあったんでしょうか。意識の上では、『スポーツ』し終えた後が本当のスタートだっていう想いがあったから。たしかに『スポーツ』を作る時には(バンドの)脂が乗り始めた時がいいと思っていたし、実際、そうなりましたけど、今思えば、あくまで助走だったのかなと。あの作品をやりきったら、次からは、いよいよお客さんと共通認識を持てる状態になるんじゃないかなとイメージしていたんです。音楽を作っていく上では、これからが本番だっていう想いがありました。
――あの『スポーツ』と『ウルトラC』が助走っていうのはすごいですね。
- 亀田
- 脂が乗ったのもその通りだけど、ライヴを積み上げて行くことによってバンド内の意識も結束されていって、メンバー同士がお互いをより深く確認できたのも大きかったんじゃないかな。
- 椎名
- そうですね。メンバーについては、新たな発見があった気がします。
- 亀田
- うん。僕の場合、もともと音楽家としてメンバーを尊敬しているし、大好きだったけど、今回のツアーを終えて、人としてそれぞれのことがさらに好きになりました。
- 椎名
- 同感です。陶酔し合うのはもともとNGな5人なので、あえて、言葉に出してそんなことを話したこともないですけど(笑)。1つ具体例をあげると、最初にあったライヴのMCも、実は私が怪我をしていたこともあって、呼吸を整えるためにわざわざ設けてくれていた節もあったんですよね。そんな話し合いをしたわけじゃないんですけど。後半、「MC無しで行けるなら行こう」ということになった時に初めて、みんなが私の体調を慮ってくれていたことに気付いて。いまだに伝えそびれていますが彼らには感謝しています。
- 亀田
- 今も新しいものを作る時の厳然とした空気はありつつも、一方ではすごくリラックスして頼れる存在になったというか。ツアーの男子楽屋ではそのことを実感しています。ただ、そこにみんながいるだけで安心できる空気感がある。浮ちゃん(g.浮雲)が愛車のこととか他愛もないことをしゃべっているときの声、刄田くんがカメラに夢中になっていたり、ワッチ(key.伊澤)が楽器持ち込んで本番直前まで一生懸命練習している姿に、自然と癒されるようになりました。
――バンドはますます良い状態なんですね。
- 亀田
- そう。だから、こうして休む間もなく始まったのはよかったんじゃないかな。ツアーを終えて、「オレたちは記念碑を作った」みたいなところで一段落付けちゃっていたら、せっかく僕らが一緒に吸い込んだ空気感みたいなものをどこかに置いてきちゃう気がして。事変を離れれば、それぞれの音楽活動や日常があるので、そこに置いてきてしまうものが多いから。あの流れのまま進めたのは、良かったと思う。もちろん、やみくもに突き進むだけじゃない。これでいいのかって検証しながらですけど。
- 椎名
- そうですね。戻らないで進むためにも、鉄は熱い打ちに打てっていう。
- 亀田
- そうそう。まだまだ、打ちどころがあるんだなって。
――『天国へようこそ』はツアー直後に制作されたんですよね。
- 椎名
- はい。「熱海の捜査官」というドラマの主題歌のオファーをいただいて。三木聡監督による台本が私の手元に届いたのがツアー中だったんです。もともと好きな監督だったし、ドラマ全体の音楽担当の坂口さんが「J-POPである必要はまったくない。音楽と作品が沿えばいい」と、本当にクリエイティヴなオファーをくださったから。こちらも更なる深化を目指せるキッカケをいただけて、この脚本やお芝居に敷くべきものというポイントに集中して書かせていただけたし、メンバー全員での演奏にも真摯に取り組めました。
- 亀田
- 最初の曲に“お題”があったのも良かったのかも。
- 椎名
- そうですね。「次はどうしようか」と考えるヒマもなく、『スポーツ』の先を行く、新たなお題をいただけたから。
――『ドーパミント!』に関してはいかがですか?
- 椎名
- あれは、8月頃かな。キスミントのCM第三弾のお話もいただけて、全員で曲を持ち寄ってならべてみたんですけど、結局は締め切りの前日の夜中に伊澤がすべりこみで作ってきた曲を監督が選んでくださったんです。でも、そこで、みんなでいろんな曲を持ち寄って触ってみたことでつかめたものがあったし、この延長線上でアルバムが録れちゃう気もして、どんどん意識が高まりました。
『空が鳴っている』
――5月11日にリリースされる新曲『空が鳴っている』もグリコ「ウォータリングキスミントガム」のCMソングです。まず、この曲が選ばれたというのは?
- 椎名
- みんなで話し合って決めたんですけど、満場一致でしたね。こちらとしては同CMシリーズ上でも同じことはやりたくないので、新しい方向性の曲をご提示したかったし、CM監督もPVを撮ってくださる方なので、音楽ありきで考えてくださって。
――東京事変の曲としても新鮮だなと思いました。『スポーツ』で得たテンションの延長線上にありつつも、まったく異なる地平にあるというか。今伺ったお話にもリンクしている曲だなと
- 椎名
- ありがとうございます。
- 亀田
- ああ、よかった。
――作曲は亀田さんですよね。
- 亀田
- はい。事変の中での亀田曲って、『閃光少女』とか『透明人間』みたいに明るさがあって、胸がキュンとする方向にいっちゃいがちだったんです。基本的に僕がそういう人間なので(笑)。でも、今回は明るさだけじゃなくて、翳りや冷たさとか、その中にある熱量みたいなものを感じ取りながら作りました。たとえ胸キュンな方向にいきたくなっても、「そっちにいっちゃダメだ」という意識を持ちながら作っていました。
――葛藤しながら制作されたと。
- 亀田
- はい。「あれ? いつもの好きなパターンになっていないか?」みたいな葛藤は何回かくぐり抜けました。
- 椎名
- それは、私も初耳です。
- 亀田
- 今回は、他の曲でもそういう作業をやっているんです。この曲もそれを繰り返しているうちに、締め切りの直前に「できた」っていう感覚が滑り込んできたんです。
――林檎さんが曲を聞いた感想は?
- 椎名
- 師匠の作るデモではいつも1オクターブ下で歌ってくださっているんですけど、自分が歌っているところは想像がつかなかったです。それに、今まで私たちのために書いてくださった曲とだいぶ温度感も質感も違うなということはすぐに察知して、びっくりしつつも嬉しくて。ビッグバンが起こった感じがしましたし、「よっしゃ!」と奮い立ちました。
――『閃光少女』は、ある日、すれ違った少女の姿がイメージソースになって曲を作ったとおっしゃっていましたが、今回はそういったソースはあったんですか?
- 亀田
- う~ん……あるんです。あるんですけどね(笑)
- 椎名
- メンバーにも非公開でしたよね。
- 亀田
- 今は話せない。もう少ししないと話せないと言って、非公開を貫いております。ただ、『閃光少女』みたいに、“そこにいた少女”にインスパイアされたみたいな回路とはまた違った回路で作ったんですよね。
――もしかして、“感情”ですか? ある感情が湧き上がって、そこを表現されようとしたのかなと感じました。
- 亀田
- まさにその通りです。
- 椎名
- 気になりますね。
- 亀田
- ちなみに、もともとは、『breast(ブレスト)』っていうタイトルだったんですけど、それ以上は秘密(笑)
――この曲には、『閃光少女』とはまた違う生命力と言うか。死や破滅を意識した中での、生の輝きみたいなもの、成熟と青さの両方を感じました。音楽の作り手としても弾き手としても熟達していらっしゃるのに、一方では切実さや青さももち続けている亀田さんならではの曲だなと。両方保っていらっしゃることってすごいし、不思議なんですけど。
- 林檎
- おっしゃっていること、分かります。それは、それだけの深い感受性がおありなんだと思います。
- 亀田
- 感じやすいのはたしかです。僕はものすごい量のいろんなものを受け止めちゃうんです。でも、その分、出してもいる。仕事柄、幸運にもアウトプットの場所がたくさんあるので、受け止めたものは出しきる作業をしているし、そこで浄化しているんですよね。泳ぎ続けていないと死んでしまうマグロみたいなものかなと(笑)。出す方法は何でもいい。曲を作るのでも、ベースを弾くのでも、アーティストさんのお手伝いをするのでもいい。僕にとっては全部が同じ回路なんですよね。目の前にあるものに対して、とにかく真摯に取り組む。自分がそこにいる限りは、絶対に役に立とうっていう信念みたいなものがあって、そこに集中しているだけなんです。たぶん、曲を作る時も同じ考え方だと思います。
――出し続けていることによって、大切なものが保たれているんでしょうか。
- 亀田
- 保たれている気がするし、そうして自分にとって大事なものを出していると、やっぱり周囲にも出している人が集まってくるんですよ。
――なるほど。
- 亀田
- 自分を閉じていると周囲も閉じてしまう。事変がぼくにとってものすごく大事なのは、みんな惜しみなく出している人たちだからなんだと思います。
- 椎名
- 亀田さんがどうしてそんなに両極のものを持ち合わせていらっしゃるのかは、私たちにとっても謎なんです。すべてにおいてメモリーが大きいとしかいいようがない。アンテナも鋭い・・・つまり、感受性も深いし、両極のものすべてが高い地点でバランスが取れている。「成熟と少年性とどっちを大事にする?」と他人が割り切ろうとするところに、「両方です」っておっしゃって周囲を説得できる稀有なお方。簡単には測れないからこそ、尊敬する大人であり、いとおしい少年であり続けられるのかなと。
――なるほど。この曲は、とてもPOPでありつつ懐の深さもあって、そういう亀田さんのメモリーの大きさを感じました。
- 亀田
- 林檎さんの言葉を借りると、新しい曲を作るときって、自分のメモリーをフルに使い切ろうとする、しかも高速回転し続ける中から生まれてくるとしかいいようがないんですよね。
――アレンジはいかがですか?
- 亀田
- すぐにこの形になりましたよね。
- 椎名
- 最初からいろいろ作為のしようがないというか、これしかないっていうところにみんなで一緒に行けましたよね。亀田さんの弾語りのデモテープは、すごくシンプルなんですよ。曲によってアコギの時も鍵盤の時もあるんですけど、シンプルなほうが曲の核となるものが見えやすいから、そういうデモにしてくださっているだと思うんですけど。
- 亀田
- そうですね(笑)。
- 椎名
- すべてはデモの中に答えがあったから。たとえば、「トシちゃん(Dr.刄田)にこの4小節は休んだ方がよくない?」っていうと、「オイらもそう思ってた」みたいな感じで、全体的にサクサクとすごく早く決まっていました。
- 亀田
- 初めからワッチ(key.伊澤)は、ピアノじゃなくて、ギターを手にしていたしね。この曲に関しては、東ヨーロッパみたいな雰囲気があるかなと。寒々とした感じがあって、自然とそこに向かって行った気がします。
――歌詞は林檎さんですが、どんな風に書かれたんですか?
- 椎名
- 歌詞を書いている時のことを思い出したり、分析するのって難しいんですけど、編曲目的のリハーサルをしている時、皆と一緒に歌っているうちに浮かんだんでしょうね。映像というか、まずは、心情が。どういう一人称のどういう瞬間なのかっていうところをイメージしました。歌詞もやはり浮かびやすかったです。ただ、尺通りにストーリーを組み立てて行くのには時間がかかるんですけど。
――歌詞は、刹那的ですけど、余韻や深みがあります。
- 椎名
- ありがとうございます。
――亀田さんが歌詞を聞いた感想は?
- 亀田
- 鳥肌が立ちました。歌詞をもらった時点で、すぐメールしたんだよね。「響いてる、響いている!」って感想を言ったかな。あと忘れもしないのは、サビの出口のフレーズのところを、椎名さんから「一拍目頭を打って一小節一杯バンドはブレイクにしてくれ」って言われたんです。ここで殺し文句を書くから、みたいなことを言っていて。
- 椎名
- あ、言ってました。私がここで、とっておきを書くはずだからって(笑)。
- 亀田
- そう。「とっておきの言葉を書くはずだから空けてくれ」って。アレンジのリハーサルの時に言っていて、最終的に‹終わらせないで›、‹あきらめさせて›という言葉がきて。実際に、あそこにボーカルがのった時はものすごく鳥肌がたった。言葉の強さ以上に歌がものすごくて。
――たしかに、切実さと迫力がありました。
- 亀田
- もちろん、椎名さんが歌う事変の曲だっていうことは予測のもとに作っているんですけど、毎回、その予測をはるかに超えて何倍もの強さになって返ってくる。その“のりしろ”がすごいなって。たった3~4分の中でこんなにも変わってしまう、音楽の化学反応は面白いですよ。
- 椎名
- ポップス作りって、実はいちばんマニュアルが用意し難いことなんでしょうね。絶対、こうすれば成功するというノウハウがない。師匠はご存知かもしれないけど。
- 亀田
- いやいやいや。
――ポップスには正解がない?
- 亀田
- そうですね。ある程度の回答例はあるかもしれないし、それを僕はよそで語っていたりもするんですけど。それは、そういう手法もありますよという解説をしているだけで。実際に自分が作る時は解説通りに行ったためしがない。
- 椎名
- そこは、忘れていたりもしますよね。
- 亀田
- そう。実際に自分で作っている時は考えてもいないよっていうのが本音。そこを事変にぶつけると、何倍にもなって返ってくる。事変の中にいると、それこそ、さっきの話に出た青臭さみたいなところに揺り戻されるんです。すごく感謝しています。
――そうですよね。ちなみに、亀田さんが作曲した時にインスパイアされた感情と、歌詞の中に流れている心情には共通項がありますか?
- 亀田
- ……これが面白いもので、ほとんど同じです。もしくは、それ以上。聴いた時、「あっ、自分自身でもここは気付いていなかったけど、こういうことだったのかも」という感じでした。奇跡としかいいようがないんだけれども、感情の出所は同じものだと思う。
――すごい!『生きる』についても伊澤さんが「椎名さんの詞は説明していないのにほぼ同じだった」とおっしゃっていました。
- 亀田
- そこは、自分を開いているミュージシャン同士で音楽を作っている喜びだし、東京事変の良さだと思いますね。
- 椎名
- 音楽家同士のものですよね。そういえば、以前、『スポーツ』のレビューに、‹個性は体に宿る›という哲学者さんの言葉を引用してくださいましたよね。
――はい。
- 椎名
- あのタイミングであの言葉を改めて伺った時、ピンときたんです。音楽を作る上では、いろいろと頑張ってもしょうがない。それまで生きてきた中で見たこと、聴いたことっていうのが食べ物みたいにすでに肉体を形成していて、それが自然と出てしまうのかなと。それを5人でやったらこうなるっていうのが事変で。だから、作曲や作詞もバランスしながら作っているようで、実は最後まで予測できてはいないんだと思います。
『女の子は誰でも』
――『女の子は誰でも』も、これまでの東京事変には全くない色の曲ですよね。こちらは資生堂のCMソングというオファーありきだったそうですが。
- 椎名
- そうなんですけど、実は、その話を知る前からこのメロディが浮かんでいたんですよ。『天国へようこそ』の時もそう。胡散臭い話ですけど、三木監督からお話を頂く直前に、‹Don’t talk to me›みたいなフレーズが自然と浮かんでいたし……。不思議ですけど、そういうリンクが起こるから仕事させていただけているのかなとも感じていて。
――自然と浮かんだ曲が何かとリンクしていくのは、昔からですか?
- 林檎
- そうですね。だから、自分がどれだけこじつけているのかわからないですけど。
――CM側のオーダーというのは、どんなオーダーだったんですか?
- 椎名
- それが音楽的にはほとんど何も言われなかったんです。‹ヴァージン›という言葉を使って欲しいということだけ。キャッチコピーが決まっているから、「CMが始まって7秒以内にヴァージンって言って」と。
――細かい!
- 椎名
- そう。でも、ちょうどその言葉がハマる曲が先にひらめいていたので、音楽のお恵みだったんだなって思います。お話を頂く前に、歌詞と一緒にコードとサウンドまで浮かんでいてデモを録らなきゃなって思っていたんです。でも、こういうスウィング感のあるものって、デモで表現するのが難しいじゃないですか。
- 亀田
- うん、難しいよね。
- 椎名
- でも、ちゃんとスウィング感を入れないと伝わらない。まあとにかく手間が掛かるもんだから後回しにしているうちに、資生堂の話をいただいて本格的にやりはじめた感じでした。
――この曲は、奥行きがあるのにチャーミングで、ヨーロッパの映画を観終わったような充実した気持ちになります。アレンジは服部隆之さんとご一緒されているんですよね。
- 椎名
- そうなんです。また、服部さんとやりたかったのはもちろん、第三者が編曲したものを東京事変がプレイするっていうことをしてみたかったんです。
- 亀田
- 事前にメンバーにメールがきたんですよ。そういう風に企んでいて、「ぜひ服部隆之さんにお願いしたいんですがメンバー的にはどうですか?」というメールがきて、すぐ返信しました。「面白いと思います」「喜んで」と。満場一致でしたよね。とにかく今までと同じことはやりたくない、新しいことをやろうっていう気概がメンバーの中で大きくなっていたんだと思いますね。
――服部さんとのやりとりはいかがでしたか?
- 椎名
- 彼は毎回職人的に、服部メソッドに従って完璧な仕事をしてくださるんです。少なくとも私の時はいつもそう。だから、どうなるのか想像しながら構成デモを作成し、楽器の編成についてお話するだけ。事変のメンバーの編成しか入っていないデモを渡して、どの楽器が何人分入るかを話し合う。「ビブラホーンはあきらめても、ハープは入れてください」とか「この弦はいらない」とかお伝えしてお願いするんです。
- 亀田
- 実際に、完成した編曲でレコーディングした時はやはり素晴らしいなと実感しました。服部さんくらいのプロフェッショナルになると、あらゆる楽器のことはもちろん、スウィングジャズなど伝統的な音楽についても熟知されている。伝統的なグッドミュージック、グッドバイブスみたいなものをきちんと踏まえた上で、服部さんならではの革新性を込めた音楽を作られる。小さな時から慣れ親しんでいる映画音楽とか、伝統音楽の奇跡を裏切らずにたどってくれる。そこが大好きなんです。
- 椎名
- 分かります。その良い音楽としか言いようがないものを事変のメンバーで一緒に演奏してみたかったの。この曲は、それが合っているとも思いましたし。服部さんの中では考えて構築されているものかもしれないんですけど、歌い手としてはすごく歌いやすいんですよね。自分の作った曲なのに、色づけしてもらいながらも歌いやすくして戴ける。
- 亀田
- レコーディングの時は、服部さんの各パートへの指示の出し方や、現場の進め方に感動して、家に帰ってからも妻に2時間くらいしゃべりまくりました(笑)
――さきほど、映画みたいって言ったのは、音だけではなく歌詞もそう。チャーミングな中にもきりりとした美意識と、物語が感じられます。
- 椎名
- ありがとうございます。
――それと、林檎さんが「女の子」という言葉を使うのが新鮮だなと思いました。
- 椎名
- ああ。これまでは、なかったかもしれないですね。
――世の中では、もう十年近くも「女子」という言葉が流行っていて、最近は30代以降の大人の女性でも「大人女子」なんて呼称を使いますけど、林檎さんは使わない印象があったんです。
- 椎名
- ええ、分かります。
――女性的ですし、本質的に女の子な部分はすごく感じるんですけど、表立っては「“女の子”なんて甘い呼び名じゃ使わない」みたいな気概なのかなと。
- 椎名
- そうだったと思います。10年前は「こういう言葉を使いたくない」っていうのがいろいろあった。自分の属するべき場所とか、アイデンティティを確立したいと思っていから。誰でもあると思うけど、たとえば、「私は、豹柄は顔周りには絶対に使わない」とか(笑)。その時期の私ならば、“女の子”という言葉はきっと使わなかったと思う。でも、その時期は過ぎたんですよね。今は「音楽と一緒についてきたものだから」って思えるんです。女性を表す呼称でも、「女」と「少女」、「女子」と「レディ」では全部概念が違うでしょう? この曲に関しては、「女の子」じゃないと成立しなかったんだと思う。
――そうですね。
- 椎名
- 男性のことも「素敵な男性」と「素敵な男」では全然違うでしょう。「女の子」っていうのは、年齢をいとわない唯一の概念という感じがあったんですよね。でも、20歳の頃は絶対に書けなかった。というか、こういう音楽のお恵みはなかったんだと思います。
――なるほど。亀田さんの感想はいかがですか?
- 亀田
- 僕もね、「女の子」という言葉を使うことに関してはすごく衝撃的でした。今までも女性にまつわる言葉っていっぱい使ってきたと思うんですよ。それこそ「雌(メス)」とかも使っていたし。だからこそ、椎名林檎さんが「女の子」という言葉を使うところにすごく透明性があるなと思ったんです。オープンだし、公平だし、「女の子」っていう言葉に対して慈しみを持っているように聞こえたんですね。上げてもいないし、下げてもいない。ずっと取っておくべきものとして、愛情をもって「女の子」を歌っている感じがしました。
――同感です。世で女の子という言葉が乱発されているのを聞くと、何だか成熟しないことへの逃げのように聞こえたりもするんですけど、林檎さんの使っている‹女の子›はそういう意味じゃない。もっと本質的なもので、心の内にあるものという感じがしました。
- 亀田
- そう。ちゃんと聴くとすみずみまで林檎さんの目線とかスパイスが入っている。女の子というものが何十年、何百年、人間がこの世に誕生してから脈々と受け継がれてきたものであること。その本質が描かれている感じがしましたね。女の祖先は、女の子なんじゃないかな。こういう時に「アダムとイヴ」みたいなたとえはしたくないんですけど、そういう感じです。
- 椎名
- なんか恥ずかしいな。普通にマジメに書いただけなんですけどね(笑)。
資生堂のCMについて
――ちなみに、資生堂のCMには出演もされますけど、そのことに関してはいかがですか? 化粧品のCMって、女性にとってはとても栄誉なことだと思うんですけど。
- 椎名
- ……えっ? ゴメンなさい。何も考えていなかった(笑)
――(笑)
- 椎名
- 詞曲を作っていたので、それどころじゃなかったです。「CM出演のお話を頂いているけど」と聞いた時も、「曲は? かけてくださるの?」みたいなことだけ聞いて。出演のほうに関してあまり詳しく話してない(笑)。よくよく考えれば、光栄な話なんですけどね……。
――テレもあるんですか?
- 椎名
- テレというよりは、恐れ多いというか。単純に被写体としてはプロフェッショナルではないと知っているので、貢献できるように容量いっぱいまで務めさせていただきますという気持ちです。それと、キスミントもそうですけど、広告を作るということに関しては興味があるので、そのチームの一員として志を高く持って挑みたいなと思います。
次のアルバムについて
――最後に、現在、制作中のアルバムについて少しだけ聞かせてください。『天国へようこそ』『ドーパミント!』も含めたこの4曲は次のアルバムを見据えた4曲ですよね?
- 椎名
- そうです。この4曲だけを聴くと、バラバラな感じがあるかもしれないけど、他の曲も合わさると筋が通るというか。メンバーの中では見えてきていると思います。
- 亀田
- 収録確定曲も何曲か出来上がっているんですけれど、そこから先のハードルがあがっている気がします。年明けまでに「もう一回書かせてくれ」ってみんなが言ってます。
――順調ながらも、もっと粘りたいというテンション?
- 椎名
- 順調かどうかも考えないくらい、「もっともっと」っていう感じになっています。
- 亀田
- ホント、すごいですよ。みんなよく作ってくるし、よく検証しているし。メンバー間のメールのやりとりもすごい。1曲について、「あそこのあれに関してはどう思う?」「あの部分はやっぱりこうしたい」とか、毎日顔を合わせるわけではないので、日々、CCメールで送り合っていて。これまでもそうだったけど、今回は、特に細かいやりとりが多いよね?
- 椎名
- そうですね。復習が今までより増えたのかもしれない。
- 亀田
- 現場で完結せずに、みんなが持ち帰って噛み砕いているんだと思うんですよね。特に僕はそう。今まではやりきったと思えたら、「さあ、次に行くぞ!」って感じだったけど、今回は復習して、客観的に自分たちの作品を見つめ直して、磨きをかけたいというか。
- 椎名
- そうやって慎重にやると必ずその分良くなるっていう実感がそうさせているんですよね。喜びになっている。
- 亀田
- そのよろこびも『スポーツ』と『ウルトラC』のおかげで発見できたことかもしれないよね。
――アルバム、楽しみにしています。