OFFICIAL REPORT
東京事変2O2O.7.24
閏vision特番ニュースフラッシュ
パスワードは“uru-uru”。“INCIDENTS TOKYO 2004-2012”と刻印されたHard Diskが目を覚ます。EDUCATION。ADULT。VARIETY。SPORTS。DISCOVERY。COLOUR BARS。MIDNIGHT。さらにNEWS。 漆黒の闇から、かのタイトルとデジタルなメーターが浮かび上がり、伊澤一葉、浮雲、亀田誠治、椎名林檎、刄田綴色のログインが承認されると、再生装置のローディングが加速し、風雲急を告げる警告音が鳴り響く。
そして“Starting Incidents…”という表示の刹那、あのフレーズが高らかに響き渡った。〈Knock Me Out Now……〉。2020閏年、東京事変・再生である。
2020年9月5日(土)19時、『東京事変2○2○.7.24閏vision特番ニュースフラッシュ』が配信された。彼らは今年2月から全国六大都市で『Live Tour 2○2○ニュースフラッシュ』の開催を予定していた。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大から、2月29日閏日のツアー初日、及び翌3月1日に行われた東京国際フォーラム ホールA公演以降、止む無く全てが中止となっていた。
この事態を受けて、彼らは東京オリンピックの開催式が行われる予定だった7月24日、東京・NHKホールで無観客でのライブシューティングを敢行した。その模様をノーカットで届けるこの日の配信ライブは、PIA LIVE STREAM、ZAIKO、WOWOWメンバーズオンデマンドでの同時配信に加えて、同9月5日(土)、12日(土)、13日(日)、14日(月)の4日間限定で全国各地の映画館でも公開された。
まずは「新しい文明開化」を皮切りに、純白のエリザベスカラーが施されたコスチュームの五人が勢揃い。鍵盤ではなくギターを抱えた伊澤、浮雲、亀田、椎名、刄田が横一列に整然と並んでいる。椎名は背中に生えた孔雀の羽を揺らしながら、無観客の客席に向かって手旗を翳し、マイクスタンドに据えられたトラメガを通し、リズミカルなリリックを歌い放っていく。一曲目からクライマックスのような総力戦である。
その晴々しくも痛快な高揚感に、今一度、事変の事変たる所以を、再生の喜びを噛み締める。「そう、この姿を待っていたのだ」と。最後の歌詞を叫びながら、手旗を放り投げた椎名がギターをかき鳴らし始める瞬間またしても転調。かつてないほど上がり切った演奏はそのまま間髪を入れず二曲目の「群青日和」へ。終盤、椎名、浮雲、伊澤、亀田がステージの最前に威風堂々と立ち並ぶ。コンダクターである刄田の合図で切っ先鋭い轟音を閉めると、竿物楽器の四人が客席にピックを投げ入れた。
「オマタセシマシタ。オマタセシスギタカモシレマセン――ニュースフラッシュヘヨウコソ。トウキョウジヘンデス」。再生装置の音声アシスタントから観客への挨拶が述べられると、聴こえてきたのはメンバー各々の個性と事変ならではのテンションを堪能する「某都民」だ。ボーカル担当、プレイの見せ場、リリックに呼応しながら5枚のディスプレイの映像が切り替わっていく。
さらに亀田がエレキベースをアップライトに持ち変えると、やはり間髪を入れずに「選ばれざる国民」へ。この2曲の繋ぎには膝を打つ。音楽メディア向けのインタビューで椎名自身が語った通り、この「選ばれざる国民」は「某都民」の続編的な楽曲なのだから。
ミラーボール、カラーバーの光彩、ニュース映像のようにプレイバックされるミュージックビデオ、ツアータイトル、サンドストーム。児玉裕一監督のビジュアル・ディレクションによるマテリアルは過去から現在を一気に繋ぎ、2020年の事変の輪郭をより明確に描き出す。
暗転を挟んで鳴らされたのは「復讐」。殺傷事件を報じるニュース映像をバックに、赤と黒の世界に不穏なサウンドが轟く。終盤、椎名の構えた拳銃にはモザイクがかけられていた。やがてパトランプの光が場内を照らすと「永遠の不在証明」が。鉛色のケープを纏った椎名のシックな歌声と4人のテクニカルなプレイの一体感に酔いしれていると、やおら伊澤が弾く軽快なイントロによって続け様に「絶体絶命」へ。 ディスプレイには楽器を奏でる五人の手元と表情がモノクロームで映し出される。
やがて本編はボーカルのシーケンシャルなサンプリングとリズムから「修羅場」を迎え、さらに直線的なライティングとグラフィックがデジタルのカウンターに変わると、「能動的三分間」のビートが打ち鳴らされた。純白のシャツ&スカート姿で手旗を振る椎名のフェイクと、浮雲、伊澤、刄田のコーラスが無観客のNHKホールにこだまし、ジャスト三分で幕を閉じると、刄田が即座にかのフレーズを叩き出す。「電波通信」だ。プログラム言語、スポットライト、レーザー光線で撹乱されるステージ上で鎬を削る五人の放熱は、そのまま「スーパースター」の叙情に傾けられた。この曲は今回唯一、大胆にリハーモナイズされている。
ここでようやく僅かの間を置いて“EVERY RIDE WAVE”の文字とドット画風のグラフィックもユーモラスな「乗り気」に。ショルダーキーボードを持った伊澤、浮雲、亀田、椎名が再びステージの最前で横一列に揃い、椎名の手旗で鼓舞されながら、まさしく波に乗りまくって見せる四人の姿が微笑ましい。片や一人苛烈なフィルを繰り出し続ける刄田は、苦しみと喜びが入り混じったような表情を浮かべている。さらに浮雲のミュートピッキングから「閃光少女」へ。椎名はアウトロで「ありがとう」と上方を仰ぎ、続く「キラーチューン」では手旗とホイッスルを駆使して、カメラの向こうの観客のためにステージを練り歩く。
いよいよライブは「今夜はから騒ぎ」で終盤戦へ。東京の夜景をバックに、五人はボディコンシャスな淑女と紳士の装いに。椎名はタンバリンを叩きながら艶やかな歌声を聴かせる。一瞬の間があって、刄田の雄叫びを合図に「OSCA」のイントロが放たれる。椎名の手にはもちろんトラメガが。カメラは、五人がソロ回しで見せた絶妙な呼吸も一瞬のアイコンタクトも逃さない。
ステージでは、前半戦と全く異なる赤と黒のシックなコントラストが描き出されている。亀田のグルービーなフィンガリングからシフトチェンジしたテンポによって、一層クールかつアグレッシブなグルーヴが繰り広げられると、五人は椎名のチアホーンと共に「FOUL」へ突入する。躍動するレーザー光線と3Dグラフィック。息をも吐かせぬリズムに乗った椎名と浮雲のハーモニーが冴え渡る。次いで浮雲のスライドギターで始まった「勝ち戦」では、彼らのエンブレムが鶴から孔雀へと変化を遂げ、客席に向かってレーザー光線を放射する。
伊澤の丁寧かつ堂々たるコード提示に導かれて、五人は「透明人間」へ。かつてにも増して感じられるその頼もしさと清々しさに、“学習機関”という役割から“実験室”という機能性へと成長し、プロフェッショナルな“職人集団”として再生した事変の現在に感嘆を覚える。無論、手旗を高く掲げた椎名が朗々と歌い上げた〈また逢えるのを楽しみに待って/さようなら〉というリリックは、スクリーンの向こうの観客に向けたメッセージとしても作用していた。
最後のナンバーは「空が鳴っている」。荒涼とした逆光のステージから祈りにも似た情感を奏でると、五人はストロボとスモークに囲まれ、忽然と消え去ったのだった。
制作クレジットが記されたエンドロールの最後には、「THANK YOU FOR VIEWING」という謝辞と共に五人の手描きのメッセージが映し出された(劇場では上映毎の日付が記されたこの画面のみ「PHOTO SHOOT ALLOWED 撮影可」だった)。なお、ライブの収録は全キャスト・スタッフの協力のもと、徹底した感染予防対策のもとで行われたことを記しておきたい。また、酒井タケルが手掛けた全スタイリングについては、椎名の手による[衣裳ト書き]を参照してほしい。
1時間25分。アンコールなし。全2O曲。ベストアルバムのような珠玉のセットリストは、ほとんどの曲間をDJよろしくシームレスに繋ぎ、MCはおろか衣裳チェンジの幕間も休憩も設けず、一切の演出を本編内にて完結させるというスパルタンなパフォーマンスによって完遂された。8年振りの実演だったが、事変はあくまで事変だった。
無論、この圧倒的な濃度の構成は、前述の東京国際フォーラム ホールAで行われた二日間の公演と全く同じものだった。多くの音楽家たちがそうであるように、東京事変の未来もまた、コロナ禍によって想定とは異なる道を歩まざるを得なくなった。ラストの「空が鳴っている」の余韻は、本来、予定されていた次なるステージもしくは作品へと繋がるはずだったのであろう。
時に優れた批評は予言としても機能する。4月リリースの5曲入りEP『ニュース』とこの『ニュースフラッシュ』の制作はコロナ禍以前から着手されていたが、いずれも結果的に、我々のアイデンティティが、社会の明暗が、喜怒哀楽が、フラッシュ(速報)で描き出されるコンテンツとなった。
(内田正樹)
SET LIST
- 01. 新しい文明開化
- 02. 群青日和
- 03. 某都民
- 04. 選ばれざる国民
- 05. 復讐
- 06. 永遠の不在証明
- 07. 絶体絶命
- 08. 修羅場
- 09. 能動的三分間
- 10. 電波通信
- 11. スーパースター
- 12. 乗り気
- 13. 閃光少女
- 14. キラーチューン
- 15. 今夜はから騒ぎ
- 16. OSCA
- 17. FOUL
- 18. 勝ち戦
- 19. 透明人間
- 20. 空が鳴っている