東京事変 | ディスコグラフィー

「能動的三分間」ライナーノーツ

バンドにとってのオリジナリティとは何だろう?

 3rdアルバム「娯楽」は、東京事変にとってもリスナーにとってもエポックメイキングな作品だった。バンドの柱であり顔でもある椎名林檎が「本作では曲を書かない」と宣言。伊澤一葉(k)と浮雲(g)がほとんどの詞曲を手掛けたにも関わらず、極めて東京事変的な作品に昇華していた。自由で際どくて鮮烈なのに、高品質なポップ! それは他に聴いたことがない類のものだった。本人たちにとっても手ごたえは大きかったらしく、「このアルバムでバンドとしてやっとスタートラインに立てた気がする」(椎名)と語っていたゆえに、このまま、スタートダッシュを決め込んでいるに違いないと想像していたのだが――。
あれから約2年という決して短くはない月日が流れた。
「当初はすぐに詰めていきたい気持ちもありましたけど、私が“10周年”という自らの音楽活動を振り返らなければならない時期を迎えたこともあって……。期間が空くなら、もっと劇的な成長を聴いてもらいたいなと思ってしまった。初恋のトキメキは終わったし(笑)、次にやるならただじゃすまされないものを目指さなきゃならないな、と。そのためには少しお休みして勉強する時間が必要だなと感じたんです」(椎名林檎)。
 もちろん、椎名が秘めていたそんな思いはバンドのメンバーに語られたわけもなく――。
「僕は何も考えず(笑)個人的な活動をしながら、曲作りしてましたね。東京事変は、それぞれの個性が拮抗するセッションバンドですから、いつ集まっても新しいことが生まれる。確認せずとも、そこの信頼関係はある。時間が空いた分だけ、それぞれの経験を積んで面白みも増すだろうなと信じていました」(伊澤一葉)。
 ゆるやかに流れる時の中、それぞれが自立した音楽家であるメンバーは自らの持ち場で音楽と向き合い、心身の支度ができた09年、4thアルバムを制作すべく再び集まった。
 
 そして、まずはここに届いたのが「能動的三分間」だ。詞曲は、前作では曲を書かなかった椎名林檎が手掛けている。「前作で作家としての自分をミュートしたのは、バンド内の血流が悪くなるのを避けるため。メンバーそれぞれが曲を書いて、その曲に全員が自由に意見を言い合えるような、あらゆる方向から血が流れるような健全な状態にしたかったんです。今はそれが叶ったので、もう、誰が曲を書いてもいいかなと」(椎名)。
 そんな自由な精神のもとに生まれた本作は、つかみどころがないようでいて、緊迫感があり、聴くほどに尾を引くファンキーな中毒性がある。美しい秩序を保ったミドルテンポのリズムに身をゆだねていると、体の奥からむくむくと情動が湧き上がってくるよう。椎名がよく言う、“血の通った音楽”という言葉がしっくりとはまる。
「実はこれ、バンドの練習曲のつもりだったんです。演奏で、今まで出来なかったこと実現させて、次のステップへ行くためのトレーニングみたいな(笑)。こういうテンポで、16ビートがスウィングしてる。しかも機械の打ち込みで走らせるのではなく、生身の肉体でやること……。極めて難しいことだけど、このメンバーだったら、肉感的に、しかも今までなかったノリにできるんじゃないかなと。レコーディングは部活の朝練みたいでした」(椎名)
 ほとんど反射神経で書いたという歌詞は、“メッセージを捨てて肉体を取った”結果だと椎名は言う。たしかに、唐突にカップ麺のことから始まる歌詞は、意味よりも響き、物語よりも刹那な感情に光を当てている。けれど、音が追及して提示している“肉体的、肉感的であること”の快楽と“自らの肉体を使い切ること”の切実な必然性は、言葉の歌唱とも深くリンクしている。
 
 一方、伊澤一葉が作曲を手掛けているカップリングの「我慢」も色は異なれど、極めて“肉体的”な一曲だ。シリアスでドラマティックなメロディを奏でていたと思いきや、弾むようなラテンなピアノをはさんで、突然、明るくポップな展開へと全力で走り出す。そのさまは、何度聴いても、驚きとユーモアにあふれている。クラシックの素養を持ちながら、本能や生理にしたがった純度の高い曲を生みだす、伊澤らしい佳曲だ。
「アルバムのテーマは念頭に置きながらも、後は何も考えずにするっと作れた曲ですね。ただ事変でやるっていうことは、意識しました。全曲そうですけど、5人の個性やスキルが混ざって行くことを前提に曲を書いたかな」(伊澤)
 ちなみに、歌詞は椎名林檎。椎名に関西弁を書いて歌ってもらうことは、伊澤たってのリクエストだったという。
 「深い理由はないけど、林檎ちゃんが関西弁を歌ったら、絶対に可愛いだろうなと思ってお願いしました。やっぱりすごく良かったです(笑)」(伊澤)。
 たしかに、初の関西弁の歌詞と歌唱は、意外なほどハマっていて、何ともチャーミング!楽曲のアバンギャルドだけど人間味あふれる魅力を際立たせている。
「書いてから、歌うまではすごく悩みましたけどね。だって、関西に住んだこともないし。いざワードに打つ時にためらうんですよ。“アカン”って……。私、本当に歌うのかなって(笑)」(椎名)
「東京事変の曲を書く時は、これはできるか?! みたいな気持ちがあるんですよ。林檎ちゃんはコレ歌えるか! 亀田さん、コレはさすがに弾けないだろうみたいな(笑)」(伊澤)

 2曲を聴きこんでいるうちに、“個性はからだにあるんだ”という、かの有名な解剖学者の言葉を思い出した。バンドのオリジナリティとは、5人の才能と肉体が響きあうことから生まれる、“東京事変ならではのグルーヴ”の発見であり、それを追求し続けることにちがいない。
肉体的であること――は、新しいアルバムのキーワードでもある。
「次のテーマはsportsです」(椎名)。
5人の肉体から、どんな新しい音楽が発見されるのか、今から心待ちにしたい。

(芳麗)

「能動的三分間」オフィシャル・インタビュー

約2年ぶりの再始動!

――前作の「娯楽」は、東京事変ならではの可能性がはっきりと感じ取れる力強い作品で、林檎さん自身も「バンドとしてやっとスタートラインに立てた」とおっしゃっていました。にもかかわらず、再始動まで約2年の期間が空いたのはなぜでしょう?

椎名
本当はすぐに次を詰めていきたいというのはあったんですが、私がソロ10周年という、これまでの音楽活動を振り返ってかなければいけない時期を迎えたこともあって。どうせ期間があくなら、もうちょっと劇的な成長を聴いてもらいたいと思うようになったんです。事変については特にそう思って、勉強したいことが増えたので、一年間ほどお休みをいただきたいと申し出たんです。その結果、リリースまで倍ぐらいの期間が空いてしまったという感じです。

――え、休まれてましたか?

椎名
あくまでも希望でしたね(笑)。その間、フェス(RISING SUN ROCK FESTIVAL)や林檎博(Ringo EXPO ‘08)もありましたし。ただワンマンのツアーやフルアルバムを作ったわけではないので、比較的、余裕はありました。

――“劇的な成長”を見せたいと思ったキッカケは何だったんですか?

椎名
‘07年のライヴツアー“Spa & Treatment”があった後、フェスに出演した際、なんか、『あのツアーやっておいて、この到達地点は甘いんじゃないか、何か生温いな』という感覚を持ったんです。漠然とですが、音楽的なところで。事変なら、ショービジネスの品質としても、もうちょっと極まったところにいけるんじゃないかというふうに考えたのです。

――それはライブをしている時に感じたんですか?

椎名
そうですね。ライブも含めて全体的に、かな。前回のツアーが終わった直後から既に、『事変をやる場合、次はただやるんじゃ済まされないな』っていうふうに感じていましたし。なぜか、『次、伸び悩むだろうな』って……そういうふうに思ったんです。
伊澤
ふ~ん(笑) ホント? そういう風に思ってたんだ。
椎名
思ってた(笑)

――「娯楽」のときは、やっとスタート地点にバンドとして立ったっていうようなお話されてましたよね。

椎名
そう。だから、これで、ちょっと緩むっていうか、だれる感じがしたの。自分が先にやっぱり飽きてしまうから。もう、初恋のときめきは終わったわけですし。
伊澤
そうだよね。だから、こっちは、もう繋ぎとめるのに必死ですよ(笑)。
椎名
そんな意味じゃないけど(笑)

――そのへんはメンバーとは話し合われたんですか?

椎名
いや、何も言わなかったです(笑)。

――伊澤さんは、この2年間をどんな風に感じてたんですか?

伊澤
個人的な活動を主にやってたんですけど……。ま、なんの意識もなく、ただ時が過ぎて行ったという。

――(笑)

伊澤
すいませんね、真逆のこと言って(笑)。曲は一生懸命作ってましたよ。

――その間に事変に対する心境の変化はありましたか?

伊澤
2年は長いですからね。常に事変のことを考えているっていったら嘘になりますし。もともと東京事変というバンドは、あまりバンドらしいバンドじゃなくて、それぞれの個性が拮抗するセッションバンド的な感じで自分は捉えてるんで。やっぱり久しぶりにでも会えば何かしら新しいものが生まれるっていう、そのラインは常に越えてますから。そこは安心しているので、期間が空いていれば、それだけ、それぞれの経験値積んで、またより良くなるだろうなとは思ってましたけど。

――お休み期間に、メンバーと会ったり、コミュニケーションはあったんですか? 

椎名
ほとんど会わなかったです。私は、次へ行く支度ができてないっていう感じがあって……仕事を依頼するわけでもなく、何話していいかわかんないし(笑)。

――伊澤さんは?

伊澤
僕もあんまりとってなかったと思います。というよりは、会ったかどうかも忘れてます(笑)。たぶん、意識しないくらい自然な関係性のままだったから。一回ちゃんとつながった人たちとは、2年空こうが3年空こうが、互いの関係性は信頼しているし、続いているもんだろうと思うから。友人だってそうですよね。だから、何の心配も特別な意識もなかったですね。

――つくづく、それぞれが自立している人たちの集団ですよね。

椎名
そうでありたいなとは思うんですけどね。

――久々に5人で集まってやろうってなったのはいつぐらいだったんですか?

椎名
昨年末に一回、ミーティングしたかな。その時はまだ「三文ゴシップ」を録り始めてもいなかったですけど。

――そこで今後の展開みたいな話をして、ちょっとずつ動き出した。

椎名
そうですね。それで、今年に入って、アルバム制作のためにみんなで楽曲を持ち寄ったんです。

――楽曲を持ち寄る際は、アルバムのテーマって決めてたんですか? 

伊澤
決まってました。珍しく、テーマありきで曲を作ってもっていきましたから。「娯楽」のときは違ったよね。
椎名
「娯楽」もないし、「大人」もなかったです。

――そのテーマというか、縛りは何ですか?

椎名
Sportsです(笑)。

――それだけですか?

伊澤
それだけです。

――注釈もなくて?

椎名
はい。“俺なりのスポーツ”ということで、作ってきてもらいました。

久々のシングル「能動的三分間」について

――そして、今回のシングルが久々の東京事変での活動になるわけですけど、林檎さんの詞と曲ですよね。前回は林檎さんが曲を書かないと宣言されていましたが、今回はもうちょっとこうフラットな感じなんでしょうか?

椎名
「娯楽」の時に、私の作家としての部分をミュートしたのは、バンドとしての血流が悪くなることを避けるためだったんです。それまでは、曲の作り方が一方通行に固定されてた気がするんですね。たとえば、「透明人間」っていう曲を亀田さんが書かれたら、そこですでにほかのメンバー陣は“これじゃなきゃいけない!”っていう唄のメロディを尊重しながらみんなで編曲の正解を探すっていう作業だったんです。でも、せっかくグループ制作をしているんだから、唄メロすらも大きく転換させたり、もんでみてもいいことなんですよね。誰かが書いたものに対して、一方通行に意見を出し合うのではなく、みんなでいろいろな方向に行けるよう曲作りの可能性を拡散させたかったんです。前回、私が曲を提出しないことで、それが自然とできるようになってきたので、今度は、その枷を外して、『誰が作家か』なんて関係なく、よりハードルの高いところを目指してみたいなと。それで、次なるアルバムに向けて、“sports”というテーマを決めて、みんなが曲を持ち寄ったんです。その中で、この曲がシングルになったのは、単純に広告に決まったのがあの曲だったからです。

――「能動的三分間」は新鮮でした。テンポとか、わかりやすくアグレシッブなわけじゃないけど、躍動感があって。あからさまにポップではないけど、快感度は深いし、中毒性もあるし。

椎名
ありがとうございます。

――この曲はどんなふうに、いつぐらいにできましたか。

椎名
今回も別に、私の曲をしゃかりきに入れたがったりはしていなくて、だから、この曲は、『いかにもスポーツ』ではないですよね(笑)。おっしゃるように、短距離走というよりは、中長距離みたいな感じだし。実はこれ、私の中では、練習曲みたいな意味合いがあったんです。グループとして、こういう曲もできるようにならなければいけないと言うような。次のステップにいくときのトレーニングみたいな風に思ってました(笑)。私を除いた4人が、演奏するときに出して欲しいノリがあって、そういうのを体得していくために作った曲なんです。でも、まだまだ飛び越えなければいけないものが他に多すぎるし、あのノリが表現しきれてないのに録音するのはありえないから、録る前に諦めようとした経緯もあったり。(CM曲に)選ばれなければ先送りしたと思います。

――出しかかったノリっていうのは、具体的には?

椎名
うーん、そうだな……専門的な話かもしれないけど、あれくらい早めのテンポで16ビートがスウィングしていて、それを決して打ち込みで設定して走らせるわけでなく、生身の肉体でやるっていうことなどでしょうか。ものすごく難易度は高いですが、やってみたくて。このメンバーだったら肉感的に、それでしかもかつてどこにもなかったようなノリが作れるような気がしたんですよね。私、東京事変に対しては、まだ見ぬ何かが見れるという期待が強くて(笑)。だから、この曲を演奏するのは、大変でしたよね?
伊澤
うん。

――試行錯誤だったんですか?

椎名
トレーニングって感じですよね。部活の朝練みたいな。肉体的に大変だったし、緊迫感もあったかなと。
伊澤
「娯楽」のときとまったく違うよね。もちろん楽しみながら、スポーツはしてると思うんですけど。
椎名
音楽だよ(笑)。
伊澤
あれ? 音楽でしたね(笑)。でも、前作とはまったく違う感じで、緊迫感はありました。

――今、話に出てきた“肉体的・肉感的な感じ”っていうのは、この曲のキーワードですね。湧き上がるような躍動感というか、ファンキーとも言えるけど、これは肉体的・肉感的っていう言葉のほうがあってる感じです。

伊澤
あ、それはいいですね。
椎名
うん、そうだといいね。

――アレンジは、シンセサイザーとコーラスが印象的でした。

椎名
シンセサイザーもコーラスも、ありきの曲ですからね。デモ段階に、決まり事としてそれらを入れておいたんです。女声側としてはキーをあと4つぐらい高くしたかったけど、浮雲の声のスイートスポットにキー設定を合わせに行きました。

――先に縛りありきなんですね。

椎名
この曲は特にありました。BPMとかも。
伊澤
多かったね。
椎名
難しかった。

――3分っていうのも、縛りですしね。

椎名
はい(笑)

――その縛りをみんなで越えていくみたいな作業だったんですね。

椎名
そう。で、途中で自分が真っ先にめげそうになっていました。『もういいよ、この曲やらなくて』みたいな(笑)。

――そういうときは、みんな励ましあいながらみたいな感じ?

伊澤
いや、誰もそんなこと出さないですよ(笑)。
椎名
思ってても決して言葉には出さない。許されないから。
伊澤
うん、許されないですね。

――(笑)

椎名
それから、これはムーンウォークの練習をするための曲でもあったんです。

――そういえば、この曲のPVの中でムーンウォークをされていますよね?

椎名
そうなんですよ。だから、そもそも本番の曲として発表することよりも、自分たちが練習することのほうが大事だったというか。お客さんがいるっていうことをちょっと忘れがちな曲だったんです。だからさっきの練習って言うのは、楽器の練習はもちろんのこと、『これ弾きながらムーンウォークできるかどうか』などなど、自分たちがいかなきゃいけない新しい領域に達するためのテーマソングともとれるような・・・。
伊澤
リハのときから、レコーディングリハなのに(笑)、ムーンウォークしながらやってたね。

――まだ、PVの内容が決まる前から?

椎名
やってたよね。すごく先のことまで考えてたのかな?
伊澤
先に考え過ぎちゃったからね。
椎名
それとも、後先考えてないのか・・・どっちかわかんない(笑)。
伊澤
でも肉体的ですよ、はい。

――歌詞は、カップ麺のことから始まります。テーマはスポーツなのに、なんでカップラーメンの話なのかが気になります(笑)。

椎名
ねえ? 自分でもホントに、わかんないです(笑)。

――3分といえば……みたいな?

椎名
そう、ただそれだけだった(笑)。

――(笑)でも、歌詞は語感の気持ちよさを追求しつつも、音と連動して大切な言葉も歌われてるのかなと。

椎名
ホントに? 大切なことが歌われてましたか?(笑)

――体の内側から湧きがって来るエネルギーを大切に、自力を出せ!みたいなことなのかなと。そういうことじゃないんですか?

椎名
そっか、そっか。でも、そんなにメッセージ込められてた気がしなくって(笑)、成功してる気がしないからわからないです。ホント、今回は、反射神経で書いちゃってるから、わかんないです。

――なるほど。メッセージっていうよりは、そういう感情がこもってる感じがしました。おっしゃるように反射神経で出てきた言葉がフレーズとして連なってるんでしょうけど、林檎さんが普段、普通に感じてることが、そこかしこににじみ出てるのかなって。

椎名
そうですよね。多分、口癖みたいな感じだと思います。でも、それを伝えようっていう意識はあんまりなくて、どっちかっていうと、メッセージを捨てて、肉体を取ったって感じだから。

――林檎さんの歌詞は、もともとそんなストレートにメッセージを込めたりしないと思うんですけど。歌詞の書き方って楽曲によって違うんですか?

椎名
意図して何種類かに分けてるっていうつもりはないですけど。ただなんかその、この曲だったら、肉感的なことが肝ですから、それを拘束するような発音が出ないように、もっとノリに忠実な子音と母音の関係を探したり、そういう作業でしたよ。で、意味合いによる印象とが一致するっていうことは常々重要視しているつもりですが、『何より先にメッセージを優先した』と、言う経験は・・・そういえば今までにもないような気がしますねえ。いつか、それをやってみてもいいのかもしれない。

――伊澤さんは完成した「能動的三分間」を聞いた感想は?

伊澤
……目を閉じると、ムーンウォークをしてる。

――(笑)伊澤さんのムーンウォークがいちばんお上手でした。

椎名
(笑)。
伊澤
そうですか?たまたま、僕がそのPV撮影のときに、待ち時間がいっぱいあったから。ちょっと練習時間が長かったのかも(笑)。
椎名
伊澤と浮雲……ギターとキーボードのふたりは、かつてちょっとやってるとこを見たことあって。それで、この曲が出来て。当初は、私さえ練習すれば、3人でズラーっとやれるかなと。複数のムーンウォークなんてあんまり目撃したことないでしょう?『それが実現できれば』と思って。そしたら、いつの間にか、リズム隊の2人もできるようになってた。体作ってきてた(笑)。

――すごい(笑)。

椎名
彼等は確かにしたんだろうね、練習。
伊澤
トシちゃんがいちばんしてたんだよ(笑)。先生と呼ばれてましたから。
椎名
教えるのうまいもんね。今となっては。
伊澤
中毒性はあるんです、ホントに。

――なんでムーンウォークだったんですか?

椎名
……マイケルが亡くなったからかな? ちょうどソロのアルバムを出すころに亡くなって、マイケルがお元気だったころは、独占的だったと思うんです、ムーンウォークっていうのは。でもこれからさきは誰かが引き継いでやっていかなきゃいけないんじゃないかと思って。

――ホントですか(笑)

椎名
今、つい、思ってもないことを(笑)。
伊澤
すげえな(笑)。

――でもキッカケとしては、きっとマイケルの映像を見たことですよね。

椎名
多分そうだと思います。私は、「デンジャラス」をリアルタイムで聴けた世代なんです。ただ、あんまりパフォーマンスっていうのを拝見出来ていなくて。ホントに純粋に音で が好きだったんですよね。「デンジャラス」サウンドを作ったテディ・ライリーのファンなんです。しかし今の時代、活躍している男性パフォーマー/クリエーターと来たら、ほとんどマイケルがきっかけだとおっしゃるじゃないですか。そんなお話をたびたび聞いてたら興味がわいてきちゃって。やっぱり圧倒的にかっこいいですしね。

カップリング「我慢」について

――カップリングの「我慢」は伊澤さんの楽曲で。本能的というか、これも肉体的といえるのかな。展開がすごく面白いです。

伊澤
変ですよね。
椎名
あなたの曲はいつもそうだよね。
伊澤
うん。今回スポーツっていうテーマがあったんで、全曲それに沿って作ったんですけど、この曲はもう1月には出来てましたね。
椎名
うん、12月かな。そのぐらい。

――スポーツ縛りの曲というのは、具体的には、どんな風に作っていたんですか?

伊澤
今回、ほとんどの曲がそうなんですけど、まず、テンポから作り出したんです。展開とかは別にスポーツを意識したわけじゃないんけど、念頭にはあったのかな。あとは、やっぱり事変でやるっていうことを意識しましたね。個性とか、テーマがそれぞれ違う5人でやること、それが混ざっていくことを前提に作っていた。この曲もそうだし、そういう曲が多かったかもしれない。

――林檎さんは先ほど、今回、伊澤さんが持ってきた曲が新鮮だったとおっしゃっていましたが、その中の1曲だったんですか?

椎名
そうですね。やっぱり曲を生むときは、自分の感情や肉体という、いわゆる自然のものを『濾過する、もしくはブーストする』装置をどれだけ挟まないでいられるか・・・肉体を直で音楽へライン接続できるか否かという点がすごく難しいわけであって。構えてしまうと絶対に出来ないことです。伊澤さんの曲は、曲ごとの良さがあるけど、それらどれもが直結してるように聞こえるんですよね。彼自身が歌ってる曲もそうだし。事変に関しては、私とはキーが違うので、ボーカルをまったく入れないでデモを持ってくるんです。歌声の代わりに、シンセの某かの音色がビーッと入ってるんです(笑)。そんな打ち込みですら、伊澤一葉という人間そのものと直でつながってる感じがして。そういう印象を受けるからこそ、面白いんですよね。彼が自身を生の音楽に変換していく作業は。『果たしてどうやってんのかな』って、いつも盗んでやりたいと思ってるんですけど、盗めない(笑)。
伊澤
どうやってるも何も、そのままなんですけど(笑)。FUNNYな奴ってだけじゃないかなあ。

――伊澤さんは、前作の時に、「楽曲作りは前頭葉部分で考えている時期もあったけど、だんだん、考えずに作るようになってきた」とおっしゃっていましたよね。

伊澤
ホント? 適当なことばっかりですね(笑)。はあ~、はいはいそうだった(笑)。でも、今回はそういうのホントなかったかもしれない。
椎名
いつも自由に行き来してんだよね、この人。今回は、考えてもないでしょ?
伊澤
うん、考えてなかったかもしれない。今回は、考えたのは、やっぱりテーマかな。スポーツっていう縛りだけだった。
椎名
集中できてたんだね。

――伊澤さんは、インタビューで、「この曲は4、5分でできました」みたいな発言をされてることが多いですよね。

椎名
そういう感じするね。
伊澤
僕に関して言えば、基本的に曲ができるっていうのは、そういうことなんです。
椎名
私にとってもそこは同じですね。ホントにリアルタイムっていうか、3分だったら3分のことでしかないというか。
伊澤
それがスッとね、さっき言ったみたいに直結で出たときに、曲になるっていうだけで。

――頭の中にあった曲と自分がつながったときに一気に出てくるものだと。

椎名
そんな感じはします。それにしても、『あ、いま雑念みたいなものが混入したな』なんて反省することもよくありますし、私にとってはそこがいちばん難しいところなんです。伊澤は、純度が高い気がして。一聴すると、アバンギャルドな展開だけど、『でも人間ってそういうものだよな』って思うんです。『さっきまでこうだったのに、なんでこんななっちゃうの』っていうのが人生ですから。伊澤とやりとりしていると、『あ、彼の作る音楽とイコールなんだ』って感じるんですよね。すごく合点がいくというか。この曲みたいに『変で笑っちゃうけど気持ちいい』って感じるものが生まれたのは、常々音楽と本人がイコールだからなんじゃないかな。

――なるほど。伊澤さん自身もそういう感じ?

伊澤
自然に自由にやらさせてもらってるんですね。

――歌詞は、林檎さんが書いていますが、初めての関西弁で怒りを……。

伊澤
(笑)
椎名
なんで笑うの?(笑)
伊澤
いやいや(笑)。
椎名
これは、伊澤さんからのリクエストで。『東西対決がいいんじゃない?』 と、言われたんです。
伊澤
林檎ちゃんが関西弁で歌ってるところがすごく聴きたくて。絶対かわいいだろうなと思ったんです。それと、メロディが変わってるんで、絶対、林檎ちゃんしか歌えないような曲だと思ったし。電話でやりとりしながら、『それいいね』みたいな感じで進めていって。あとは具体的にするのは任せました(笑)
椎名
だから、困っちゃって。いきなりスタッカートだし。『ここのトゥトゥッていうメロディに果たして言葉がハマるのかな?』『ここは、“アカン”? それとも、“ジブン”がいい?』『・・・ちょっとわかんないよ~』と(笑)。関西に住んだこともないですし。でも、伊澤さんは「いや、絶対いいよ~」としか言ってくれないから。
伊澤
すんません(笑)。
椎名
話してる分には楽しいんですけど、あとは孤独な作業ですよ。ワードに打つときに、すごくためらいます。ひとり暗い部屋でパソコンに向き合いながら、『アカン? アカンって、私、本当に歌うのかいな』と(笑)。
伊澤
でも、この曲、俺すごい好き。完全に僕の趣味になっちゃったかな(笑)。

――でも、ホント、関西弁、すごくよかったです。ハマりもいいし、歌唱も含めてインパクトがあってチャーミングでした。

椎名
ありがとうございます(笑)。

――ちなみに、歌詞はなぜ「我慢」をテーマにしたんですか?

椎名
楽曲を聴いていると、何か軋轢というか、忍耐という感じがするのと・・・ピアノのラテン部分でパッと広がる感じがまた・・・単純な開放じゃなくて、すごく刹那的な、だましだましの悦みたいな印象があって(笑)。だって、また元に戻るでしょう。そういうところから発想したのかな?
伊澤
……すごいですよね。ホントに曲をこんなに汲んででもらって! 林檎ちゃんはたぶん、メンバーの中でもホントにいちばんデモを聞いてると思うんですね。
椎名
そりゃそうだよ、当たり前だよ。それだけは負けない。自分がいちばん正確に言いたいもん、口で(笑)。

――1曲1曲、かなり聴くんですか。

椎名
聴きます。何がこの曲の核なのかっていうのを、いちばん把握していたいから。
伊澤
作った本人よりも理解してくれてる。作った本人が、あとで言われて気づくみたいこともあるもんね。林檎ちゃんに「だって、この曲って、ここはこうでこうでしょ」って言われて、「あ、そういえばそうだったね」みたいな。今の展開に沿って歌詞を作ってくれたっていう話も、あぁ、すごく汲んでもらってるなぁって気づく。本人はバカだからすぐ忘れちゃうんですね(笑)。
椎名
バカじゃないよ。忘れていかないといけないんだよね。忘れて、どんどん先に、いって欲しいから。

――理想的ですよね。どんどん走っていくのを、そばで感じ取って、愛をもって理解してくれる人がいるっていうのは。

伊澤
ホントにありがたいですね。感動したよ。多分この歌詞は今回のベストかも(笑)。
椎名
まだ、シングル曲だよ(笑)。頑張ってるよ、他のアルバム収録曲も(笑)。

現在の東京事変について

――伊澤さんは、さきほど、これは林檎さんしか歌えない曲だからとおっしゃってましたけど、事変の曲作りに対してはいつもそういう思いを抱いているんですか?

伊澤
今回用意した曲はほとんどそうだと思う。ちょっとニヤっとしながら書いてましたしね。こんなの普通は歌えるか! みたいな(笑)。他のパートもそう。このベースライン、絶対、亀田さんぐらいしか弾けねえぞみたいな!
椎名
ちょっと得意になってるんだね。
伊澤
「大人」「娯楽」とやってきて、もうホントにわかってるんです、ポテンシャルの高さが。だから、できるだろうって信じているし。

――テンションとかポテンシャルとかスキルとか、全部ですよね、その高さっていうのは。

伊澤
そう。だから、事変じゃなければ絶対やろうとも思わない曲ばっかり持って行くからね(笑)。

――林檎さんもソロの時と、事変の曲を書くスタンスっていうのはやはり違いますか?

椎名
そうですね、やっぱり、事変に対しては、絶対に、一作一作、一音一音極まっていかなきゃいけないっていうような、意識があります。『シンガーソングライターが、いいオケで、いい歌を巧く歌う』と、言うのとは話そのものが違うと思います。やっぱり肉体から、よりまっすぐ直結できるかどうかっていう勝負をいつもハッてるはずです。あと、自分のプレイに関して、陶酔を許されないグループですから。お互いのプレイに関して「こういう感じのアプローチもある」と、ディレクションし合っているんです。『鳴らされるべき音に対して、我を貫こうとしない』っていうのは事変の特徴かもしれないですね。
伊澤
今回は特にね。
椎名
特に……でしたね。
伊澤
メンバーが違うパートのディレクションすることが多かったですね。もちろんボーカルに関してはないですけど。歌詞を作ってる段階ではね。
椎名
あったね。

――そういう制作過程も、東京事変ならではなんでしょうね。

伊澤
自分のバンドとは全然違うと思います。事変に関しては、鼻からこう面白がってるって部分はあるでしょうね。さっき話した、絶対歌えねぇぜ、絶対弾けねぇぜみたいなのもあるし。それ以上にね、もう林檎さんを絶対楽しませてやろうっていう意識は、僕の中ではすごい強いと思う。負けたくないっていうのがすごいある(笑)。何やってんだって感じだけど(笑)。
椎名
そうだったんだ(笑)

――でも、理想的なモチベーションですよね。浮雲さんもそうなんですか?

伊澤
いや、彼は違いますよ(笑)
椎名
浮雲は、もっと小手先でいいと思ってる(笑)。だってひとりだけケガもしないし。みんな職業的にね、ポリープをはらしたりとか、腱鞘炎になったり一度ずつ経験してるけど、「俺はそんな皆さんみたいにマジメにやってないからケガしないんじゃないかな」って、ペロって言っちゃうんだから。今、まさに誰かがケガで苦しんでいると緊急時に、そういう不謹慎なこと言えちゃう人間だから。この場にいないから言ってるわけじゃなくて、彼がいてもわたしは同じことを言います(笑)

4thアルバム制作中

――現在、アルバムをレコーディング中ですよね。

椎名
そうですね。あとは仕上げっていうか、私の作業ばっかりですけど。

――テーマは、さっき出てきたスポーツということでしたが、タイトルは、漢字をあてるんですか?

椎名
一応、今までのルールからすると、競技、競う技になるなのかな。今のところ、カタカナのスポーツのイメージがいちばん強いです。

――今日の話の中で何度か出てきた、肉体的、肉感的なものになりそうですか?

椎名
はい。演奏していても何だかすごくエネルギーがいるし、小手先ではいかない感じがあるんです。ブースで演奏して、コントロールルームに帰ってくるときに、どの曲も、疲れ果ててます。『スポーティだな』って。
伊澤
うん。

――4thアルバムは、最初におっしゃってた、“劇的な変化”に至りそうですか?

椎名
いけるといいなと思いますけど……。こうして仕上げにかかってるときに、もう次のことを考えてるから、こんなんじゃないっていうのがやっぱり同時に出てくる。いけてるって思える期間がないような感じですけど。

――林檎さんはいつも先々まで感じたりとか考えたりとかしてますよね。

椎名
先々まで考えてるというよりは、今のことがすぐ古くなっちゃうんじゃないですかね。不正解になっちゃうっていうか。

キスミントのCMについて

――CM初出演の感想はいかがですか?

椎名
もともと広告の制作というものを見てみたいと思っていました。どういう仕組みになっているんだろうと。たとえば映画や芝居を作るかた、それから小説や漫画を作るかたなんかとお話させていただくと、やっぱり音楽は……ポップスなんて1曲単位で作ろうと思うと、つくづく広告的だなと思うんですよね。アルバム制作やショー制作はまた違うけど。三分のドラマを考えると、歌詞なんて小説というよりはキャッチみたいじゃないといけない。ポップスと広告にはリンクする部分を感じているので、知りたかったんです。とはいえ、今回、見たい部分が見れたってわけではないんですが。面白かったです。嘘のつき方っていうか、そういうのはもうちょっと、勉強したい部分です。

――監督は、東京事変のミュージックビデオ(「閃光少女」「キラーチューン」「能動的三分間」など)を手掛けている児玉監督ですよね。

椎名
ええ。児玉監督の作品は、きれいだし、すごく素敵で面白いんだけど、なによりあったかいですよね。 

――東京事変や林檎さんの世界が受け継がれつつも、CMとしてのメッセージもきちんと伝えていて。

椎名
児玉監督はそこが素晴らしいですよね。テーマとか時間とかいろんな制約がありながらも、ハッピーな部分を損失されない。むしろ、どんな商品の広告にも必ず多幸感を入れ込んでいらっしゃる。私が欲しいものをいっぱい持っておられる方だなといつも思います。

――PV同様、最後にムーンウォークのパフォーマンスが。

椎名
勢い余ってそういうことになっちゃって(笑)。そういえば、ムーンウォークをわたしが練習し始めたのももとは児玉監督の所為なんです。『性的四』(DVD作品)の中、アニメーションでエンドロールを作ってくださったんです。キャラクター化したアニメのわたしに、『ほんとうはムーンウォークをさせたかった』っておっしゃっていた児玉監督が、どうも忘れられなくて。「ムーンウォーク! 練習しないと!」って思いついて、練習用にこの「能動的三分間」という曲が出来て、今に至ります。じゃ、PVでも撮っちゃいましょうっていうことになって、最後は広告にも(笑)

ミュージックビデオについて。

椎名
監督のアイデアが面白いから、一所懸命、頑張りましたけど。大変だったよね?
伊澤
林檎ちゃんがいちばん大変だったと思う。朝のシーンから夜のシーンまで、全部同じ仕草でやんないといけないじゃないですか。だからすごい細かくやってたし、丸一日かかりましたね。
椎名
24時間でしたよね。

――かなりのテイク数を撮ったんですか?

椎名
はい。いろんな人とのいろんな時間を編集で繋げなければいけないから。でも、我々より現場スタッフ皆さんが大変だったと思います。編集で正確に繋がるように素材を撮るのは至難の業だったと思います。私たちは、皆さんがおっしゃる通りにするよう努めるだけでしたから。

――朝から夜までを追うとか、あの世界観は監督のアイデアですか。

椎名
そう。すごいですよね。ああいうことを他ではなさったことないはずなのに、思い切って挑戦されている。お金なり時間なり、人の労力なりを使ってなさるっていうのは、或る種の賭けでしょう? すごいなっていつも思います。そうじゃないとできないだろうなとも思いますけど。

――何で、朝から夜までなんでしょうね?

椎名
わかんない、1個1個わかんないんですよ(笑)。なぜ伊澤さんに花を投げなきゃいけないのか。
伊澤
当初は浮雲の予定だったです。浮雲に花を投げる予定だったけど、当日やっぱり僕になった。

――関係性を見せたいのかなって思いますよね(笑)。

伊澤
そんな仲悪くはないですよ(笑)。今回は制作も和やかだったし……。前の制作の過程ではいろいろあったんですよ。今は、まあ、もう大人になられたので、もっと許してくれるようになったんです。
椎名
……無言(笑)。
伊澤
(笑)

――次回は、そのへんのお話も伺えるのを楽しみにしてます(笑)。ありがとうございました。

「スポーツ」ライナーノーツ


東京事変のCDに耳を傾けていると、いつもライヴ演奏を聴いているような気持ちになる。形としてはこの上なく丹念に練られているにも関わらず、“今、ここ”のエネルギーの絶対量が保たれているからだ。
4thアルバム「スポーツ」は、現在の東京事変の全エネルギーが封入された1枚だ。
これまでよりも根源的に強く、熱く、深い。シングルとしては初のチャート1位を獲得した「能動的三分間」で鮮やかに示した、あの肉感的な――肉体と魂を覚醒させる――世界が、アルバム1枚分、それ以上の強度と物語をもって流れ出し、この身をあっというまに飲みこんでいく。耳から入り込んだ音は、胸を伝って、肚に落ちる。そこから彩光が満ちて行く。まるで体全部が楽器のように鳴りはじめる。
音楽を聴く至福。それは言葉に変換するにはあまりにも不可思議で。だから、最後はこうして、自分の肉体に聞いてみるしかないのだと思い知る。

「生きる上で肉体的であることは、私にとって大切なことです。音楽においてももちろんそう。ソロデビューの頃から、歌の巧い人や巧く歌おうとする人はたくさんいるし、私は巧く歌おうとしないでいようと考えていたり……。東京事変ももともと肉体的なバンドだと思います。アレンジも演奏も現場でどんどん変わっていく。この5人が集まるとそういう部分が前面に出て、“聴き終らないうちに言い合う”みたいな速度で進んでいきますから、ものすごく消耗しますけど、面白い。だから、「スポーツ」というアルバムはいずれいちばんいい時に出したいと思っていました」(椎名林檎)

 本作にはタイトル通り“スポーツ”をテーマに伊澤と浮雲、そして前作では作詞とボーカルに徹していた椎名が曲を寄せ、さらには亀田作の「閃光少女」もCD初収録されているが、いつも以上にメンバー全員の手で直に曲を触って揉みこんだ。その結果、デモの段階では、想像もつかなかった劇的な化学反応がいくつも生まれたという。
聖歌のように敬虔なコーラスから予想外の展開に魂を突かれる「生きる」、突き抜けた躍動感がなぜかせつなさを際立たせるポップナンバー「シーズンサヨナラ」、官能的で端正なブラックマナーの「スイートスポット」など、東京事変が鳴らす「スポーツ」はジャンルも色合いも多種多様だ。
「スポーツだからといって、ずっと全速力で走っても面白くないので。そこはそれぞれが広く感覚的に、スポーツを捕らえていたんじゃないかと思います」(伊澤一葉) それは、演奏や歌唱、そして歌詞においても同じこと。もともと豊かな表現力とずば抜けたテクニックをもつメンバーだが、本作ではさらに自由度を増して、緻密にも関わらず本能的なプレイを聴かせてくれる。聞けば、音楽という名の“スポーツ”を楽しむために、メンバーそれぞれが自分の中にルールを定めて鍛錬を重ね、あらゆる挑戦をしたのだという。浮雲は、これまで自分の体内にはなかった“速い曲”を作り、苦手だったひずんだ音色も求められれば積極的に鳴らした。伊澤も同様、ピアニストの枠を軽やかに超えて、シンセサイザーの音と真っ向から格闘して、最後は寄り添った。

「僕はあえてこうは弾きたくない、っていうのがけっこうある性格なんですけど(笑)今回は、すべての曲に、個人的な自我をもたせる余地がなかった気がする。『あなた、ここに行きなさい』って曲に言われた感じ」(浮雲)
「歌詞もそうですね。今回、個人的には『言葉で意図しない』というルールを定めていて、ギリギリまで詞を考えずに、アレンジも構成もやって仮歌も歌っていた。楽器の自然な流れとか音の快楽を追求すれば、言葉は最後に出てくるはず。どの曲も歌詞を頭で考えたわけではない。音の中にきちんと存在していると考えていました。それを感知しなければと努めただけです。それから、バンド全体に課したもうひとつのルールは、『やったことない』とか『やりたくない』とは言わせないこと(笑)。楽器も歌も、頭や意思でコントロールせずに体を通して、そういう風に『鳴っちゃった』『声が出ちゃった』っていうところに到達したかったから。それには、あらゆる可能性を試してみることが大事かなと。「誰かと比べて良い悪い」とか、「普通はこうする」だとかはどうでもよくて、ただ自分たちのもっているものは何でも使いたかったし、今出来る限りのことは全部やるんだと思っていました。それが私にとっての“スポーツ”だったんだと思います」(椎名林檎)

肉体的であることは、何てピュアなことなのだろうと思う。
肉体はいつか朽ちる儚いものだけれど、“今、ここ”においては、たったひとつのたしかなものでもある。だから、誰かの基準ではなくて、自分の身をもって得た感動だけが、生きる道標であり、生きた証になりえる。
きっと音楽は命に似ているし、その音楽を愛でることは「生きる」ことであり、「極まる」ことにも通じている。 本作の中には、その命の片時も留まることのない息吹が宿っている。

(芳麗)

「スポーツ」オフィシャル・インタビュー


東京事変にとっての“スポーツ”とは?

――今回は、曲を持ち寄る前に「スポーツ」というお題があったそうですが、テーマありきというのは初めての試みですよね。

椎名
そうですね。でも、なぜそうしたのかがハッキリとは思い出せません。
伊澤
1枚目からの前作まで続いていた“チャンネル縛り”は念頭にありましたよね。
椎名
もちろん。実は、昨年の頭に一度集まった時は「スポーツ」のほかにもうひとつの候補があったんです。昨年前半は、今の5人の状態がどこにあるのかを丁寧に探りました。最終的に「やっぱりスポーツだね」と決断したのは去年の6月くらいのことです。

――2年前にリリースした「閃光少女」と、アルバムの世界観が見事に一致していたので、当時からテーマを決めていたのかと思いました。

椎名
どこかしら意識はしていたと思います。あの曲を活かすなら、やっぱり、スポーツなんじゃないかな、と。わっち(伊澤)は去年1月くらいから、そのつもりで曲を持ってきてくれていたし、浮雲も最終的には5、6曲は持ってきてくれましたよね。
浮雲
頑張りました!「林檎さんのソロに比べたら全然ゴミだね あいつら意味ない」なんて言われたら嫌だから(笑)。
椎名
そんなこと、言わせません(笑)

――今作には林檎さんが作曲したものも2曲入ってますよね。

椎名
みんながものすごく勢いのあるスポーティーな曲を作ってきてくれたので、私は、それとはかぶらないもので、しかも“お通し”みたいな曲を持って行こうと思ったんです。コードや尺が書いてある程度の譜面で、みんな特別に用意しなくても、ぱっと触れて録れちゃうような曲を持って行きました。「勝ち戦」なんて特にそう。フライパン一個で出来てしまう、バターコーンの美味しさを目標として。

――曲選びはどうされたんですか?

浮雲
もち寄った楽曲をみんなで聴いて、スポーティーかどうかでふるいにかけていきました。僕は今回のために書き下ろした曲もあるし、ストック曲もある。前者は、「シーズンサヨナラ」「FOUL」、後者は「FAIR」と「極まる(きまる)」ですね。
椎名
浮雲の曲は、昔のも聴いていたんですよ。それで、「あれなんかスポーティーなんじゃない?」と思い出しながら、とりあえずみんなで触ってみたりして。今回、収録せずとも触ってみた曲はたくさんあったんです。伊澤の曲も、実際は(収録曲数の)倍くらいは触ってみましたし。そこで、「やっぱりスポーティー!」「これはストーリーが浮かぶ」というものを選択していきました。

――その“スポーティー”っていうのは、どんな意味合いですか?

椎名
ひとことでは言いづらいですね。制作中は、メンバー間で「スポーティーだね!」っていう言葉が飛び交っていたんですけど、自分たちに言い聞かせているようなところもあったし、それぞれの中に“自分なりのスポーティー”もあったと思うし。意味も定義も広いんです。

――たしかにアルバムを聴くと、疾走感のある曲もあれば、格闘しているようなものや、官能的なものもあって、それぞれにスポーティーだし、肉体的といえますね。

伊澤
スポーツだからといって、ずっと全速力で走っても面白くないので。そこはそれぞれが広く感覚的に、スポーツを捕らえていたんじゃないかと思います。
椎名
そうですね。それぞれの思うスポーツを出来る限り詰め込んだつもりです。楽曲の内容はもちろん、実際に演奏そのものも肉体的だったし、亀田さんが腱鞘炎を患ってしまわれて、スケジュール的に追い込まれながらレコーディングしたところもスポーティーでした。

“この瞬間”をレコーディングすること

――レコーディングはどの辺から始まったんですか?

椎名
「シーズンサヨナラ」「FAIR」あたりですね。

――いずれも浮雲さんの作曲ですね。

浮雲
たぶん、触りやすい曲だったんでしょうね。
伊澤
メンバーの肉体をぶつけやすい曲だったんです。

――「シーズンサヨナラ」はストレートで臨場感のあるポップですよね。詞も刹那的でせつないけど爽快感がある。

浮雲
ホントは僕の体の中に速い曲ってないんです。普段はあまり作らないんですけど、今回はスポーツだからと思って速い曲と激しい曲を作ったんですよ。詞はいつもそうだけど後からですね。苦手なんです。しかも今回は、オレの詞と林檎さんの詞しかないので、浮かないように気をつけながら(笑)。それと「シーズンサヨナラ」は伊澤さんのピアノがいいよね。
伊澤
いやいや、曲が良いからですよ。
浮雲
僕はこの曲は「何も弾かないでいたい」というイメージがあったんです。ジャンジャジャーンってコードをずっと弾いてるイメージだけで、曲がどうまとまるか全然考えていなかったから(笑)。でも、そこを伊澤さんのピアノが一手に引き受けてくれた。
伊澤
好きな曲に出逢うと、その「好き」っていうエネルギーをそのまま演奏に落とし込みたいんです。だから、もう全然悩まない。「この曲好きだから、オレはこうしたい」っていうエネルギーがそのまま記録されている気がする。でも、みんなもそうでしょう? その瞬間的なエネルギーの熱量っていうのは、このメンバーはみんな高いと思う。
浮雲
うん。
椎名
そこは敏感ですよね。もともとスポーティーなバンドなんですよ。だから、怖いです(笑)。アレンジにしても演奏にしても、いつも“聴き終わらないうちに言いあう”みたいな速度だから、ちょっとボーッとしているともう全然分からないところに行っている。みんなが同時に何を弾いているのかを聴きながら次の手を考えて……。高い集中力を要するので、いつも帰る頃にはもうヘトヘト、顔つきも変わっています(笑)。

――現場を拝見してみたいです(笑)

椎名
別のバンドと比べてどうかはわからないですけど、この5人が集まると、そういう肉体的な部分がより強く前面に出てしまう気がしますね。

アレンジで劇的に変わる

――事変の場合、アレンジは現場で演奏しながら行うし、リアルタイムでどんどん変化していくものだとおっしゃっていましたが、今回もそうだったんですか?

椎名
そうですね。だから、デモの時とは劇的に変ったものも多いですね。中には、「電波通信」のようにいろいろ試して一周して、元に戻ったものもありますけど。たとえば、「スイートスポット」は、これまでの事変にはない新しい境地を目指したいなと思ったので、伊澤さんのデモをモチーフにけっこう変えましたね。
伊澤
もとは真逆くらいの雰囲気の曲だったんです。
浮雲
人種の違う曲だったよね。
伊澤
そう、アジアっぽい感じだった。
椎名
人種で分けるの?(笑) でも、たしかに肉感的ではなかったですよね。元の曲は、もう少し“抑制の美”という感じでした。
伊澤
コードとメロディはほぼ一緒ですけど、林檎さんが「こっちに持って行ったらどう?」と全然違う角度からコードを拾って、冒頭の部分を作ってくれたんです。
椎名
デモには声が入っていなかったので、私の声が乗るっていうことを伊澤さんはどれくらい想像しているかなと思って。声が乗った場合を想定して、歌いだしと終わりの迎え方にはストーリーがないと落ちつかないかなと思ったんです。

――「絶体絶命」も伊澤さんと林檎さんの共作ですよね。

伊澤
これは僕がテーマを持って行って、その先を林檎ちゃんが作って、何度かやりとりしながら、リンポップがポップに仕上げてくれました。

――リンポップ?

伊澤
林檎ちゃんのことです(笑)。
林檎
なぜか、時々、そう呼ばれてます(笑)。これも伊澤さんがアレンジもきっちり構築したものを持ってきてくれたんですけど、やっぱり“歌モノ”として成立させたいなと。みんなで「何か加えたいね」と話し合っていて、「じゃあ、私、案があります」という流れだったんです。
浮雲
わっちは、メロディ部分って歌いながら作る? それとも弾きながら作る?
伊澤
半々ですね。今回は弾いて作ったほうが多いかな。
浮雲
僕の場合、歌いながら作ることが多いから、デモに歌詞じゃなくても歌声を入れているけど、伊澤さんのデモはメロディが声じゃない、別な音で入っているから。最終的に歌モノになるところが全然想像できないんですよ。
椎名
そう。メロディがピーッとか、トゥットゥールッみたいな音で入っているから。
伊澤
僕の中では想像してるんですけどね(笑)。「でも、この人なら歌える!」という信頼感もあるし。それは楽器にしたって、どのパートもそうですけど。
浮雲
でも、だからこそ、わっちの曲はものすごく化けるんですよね。
椎名
たしかに、変わり映えするよね。
浮雲
今回も、わっち(伊澤)の曲で入れるかどうしようか話し合っていたものがあって、そこで林檎さんが「私が絶対この曲を良くしてみせるから」って言っていた曲があったじゃない? それって、この2曲じゃなかったっけ?
椎名
両方ともそうだったかな。それと、「生きる」も、最初は心配していましたよね。
伊澤
あれも大きく変わりましたね。

大人だからこそ、歌いたかったこと

――「生きる」は、どんな過程で生まれたんですか?

伊澤
「生きる」は昔から自分のバンドでやっていた曲なんです。テンポはもっとずっと遅くて、しかも跳ねてない。男が歌い上げる「マイウェイ」みたいな曲だったんです(笑)
浮雲
カッコいいな。自分でそこまで言うのが(笑)
伊澤
それを林檎さんが「事変でやるなら後半から跳ねてもいいんじゃない?」と。僕はずっとやっていた期間が長かったので、最初はそれが体に入ってこなかったけど、林檎さんの歌が入った時に合点がいきました。

――この曲は素晴らしいです。冒頭から度肝を抜かれたし、核心をついているし。

椎名
ありがとうございます。やはり、いつもアルバムの1曲目は「舞台装置を見せる」という役割があると思うので。

――たしかに、濃厚なコーラスから始まって、2番で突然、楽器が登場する様子なんて、まさに舞台の冒頭シーンみたいです。

椎名
当初、コーラスの和声はここまで厚みのあるものを想定していなかったんです。エンジニアの雨迩さん頼みで、コーラスのエディットは簡単なデータで組み合わせてもらおうかなと考えていたんですが、それを伊澤さんが全て生声でやってくださって。一度それを聴いたら、絶対それがいいと思っちゃいますよね。
伊澤
家でもさんざん「アーアー」言ってました。はたからみれば、完全に変人だったと思う(笑)

――この曲のレコーディングはいつ頃?

椎名
かなり後半です。後回し、後回しにしていました。コーラスをどうしようかっていうのもあったし……。最初は詞を乗せずに音だけを先に録ろうとしていたんですね。先に言葉のイメージに捕らわれて欲しくなくて、みんなの音がただ躍動しているところに私の思っている言葉を乗せるという順番にしたかったんです。でも、それでレコーディングしようとしたら、わたしの思う理想とは違う方向へ向かってしまったと感じたから。

――違う方向というのは?

椎名
最初はこの曲について簡単なイメージだけを伝えたんです。“絶望的なくらいに晴れ渡っている感じ”とか。でも、それだけでは「この曲の絶望ってどこにあるの? 」 という疑問があったみたいで、やはり、共有出来ているイメージが足りなかったのかなと。その上、今度は、「キーを半音あげてみよう」「下げてみよう」なんていう具体的なやり取りが始まると、なかなかまとまらなくなってしまった。1曲目ですし、この曲に限っては、やはり先にイメージを明確に伝えたほうがいいと思い直して、歌詞を書いて伝えてから再度録り直したんです。

――「生きる」は歌詞も本作のテーマの根幹に関わるところですよね。

椎名
そうですね。曲を聴いた時、伊澤さんに「歌詞も一緒にください」っていったんですけど、教えてくれなくて。
伊澤
でもね、実は昔、自分が書いた詞にすごくリンクしているんですよ。林檎ちゃんにも初めて言うけど、この詞と同じように「孤独」とか「自由」が謳われていて。でも、当時、21歳の僕には、絶対言えなかったこともこの曲にはすごくいっぱい詰まってる。
椎名
20歳くらいの頃に一度こういうことを考えますよね。でも、そこからしなやかな大人に憧れるにつれ、楽することを覚えながらも、30くらいになって再び同じあの感覚を味わうじゃないですか? ところが、その感じってあまり歌われていないなって前から思っていて。何だか大人になると急に当たり障りのない曲を書き始められる方が多いなっていう印象があるんですよね。J-popによくある「スキーに行きたいね」みたいな曲が増えていく。

――そうですね。大人だからこその深い諦観や切実感もあるのに。

椎名
ええ。だから、そうしたニーズと曲自体のニーズの出会う場所を探って作詞しました。

――一方、ラストの「極まる」も「生きる」と対になる根源的な美しい曲ですね。

浮雲
これは23、24歳の頃に書いた曲です。今、よくよく考えたら、この曲も孤独だし、けっこう絶望しているかもしれない。そういう意味では1曲目とつながってるんですよね。

――ループ感はすごくあります。

伊澤
そうなんです。僕も車の中でもそうやって聴き続けてるんですよ。「極まる」まで聴いて、また「生きる」に戻って、何回も何回も繰り返し聴いている。

――この2曲だけでなく、アルバムの全体の根底に流れている“絶望”っていうのは、“希望あっての絶望”ですか?

浮雲
……難しいな。
椎名
難しいね。絶望も希望も、どっちの顔ものぞかせたいなとは思いましたけど……。基本的に「死にたい!」と思うと同時に生きてしまう。命は自分では操作できないものですよね。そこには絶望というより、多かれ少なかれ失望がつきまとうから。いつも表裏一体なあの両面性が出せていればいいなと思いながら作りました。「希望を持ちたいですけれども……」っていう感じですね。
伊澤
やっぱりスパイラルなんですよね。

――たしかに、“生と死”、“エロスとタナトス”、“鍛錬と本能”とかあらゆる両面のスパイラルみたいなものを感じました。

椎名
嬉しいです。

――それから、“体と心の関係性”もテーマのひとつだと思うんですけど、「乗り気」ではそこを特にはっきりと歌っていますよね。“感じているより考えているより、からだがはやい”んだと。

伊澤
しびれるよなぁ。この歌詞はすごいとしかいいようがない! 林檎天才!
椎名
いやいや、あなた身内ですから(笑)

――でも、本当にいい歌詞だと思います。「閃光少女」もそうですけど、アルバムの流れの中で聴くと、さらに感動的でした。

椎名
ただ、言葉に関しては意図していないんですよ。今回は、すべての曲において「言葉で意図しない」というルールを自分の中で決めていました。ギリギリまで詞は考えずに、「その曲が何を求めているのか」だけをずっと思いながら、アレンジも構成もやって、仮歌も歌っていた。「このパートの後はギターソロがいちばんハマる」みたいな構成も、歌詞の都合をまったく無視して考えたし。楽器の自然な流れとか音の快楽を追求すれば、言葉は最後におのずと出てくるはず。言葉はみんなが使う“公共のもの”だし、音が決まれば、それに相応しい言葉は絶対にひとつしかないんじゃないかなと感じたんですよね。だから、どの曲の歌詞も頭で考えたわけではない。音の中にきちんと潜んでいると考えていました。それを感知しようと努めただけです。

それぞれが自分に課していた課題とルール。

――林檎さんは自分の中で、「今回は、ギリギリまで言葉をのせない」というルールを定めていたそうですが、他のメンバーの方々もそういうルールは持っていたんですか?

林檎
話し合ったわけじゃないけど、それぞれあったみたいですよ。トシちゃん(刄田)は、自分の弾く音を一度譜面に起こしてから、禁欲的に練習したと言っていましたし、亀田さんもあったみたいです。

――伊澤さんは?

伊澤
自分の中のルールは、「挑戦」とかそういうことで。いや、ちゃんとできてるのかわからないですけど(笑)、範疇を広げて“キーボティストとして”、シンセ的な音を作ったり演奏したりもしたし。今までの自分のピアノだけでは到達できないところまで行きたいと思ったんです。
椎名
そこは心理的なハードルがあったんだ?
伊澤
うん。みんなは「ピアノでいいじゃん!」って言ってくれるんですけど、やっぱりね。でも、「閃光少女」のダビングの時にディレクターがアナログシンセの音を発注して後から入れていて。これって、ホントはオレの仕事じゃないのかなと思って、何だか自分が情けない気がしたんですよ。事変は、メンバーの演奏で間に合わせるようなシステムにしなきゃマズイと思うし、それなら、もうやるしかないなと。まあ、この先はもうやらないかもしれないですけど(笑)。

――今回、キーボディストとして特にハードルの高かった曲はありますか?

伊澤
「乗り気」かな。曲のアレンジ自体もすごく変ったし、自分のプレイも現場でどんどん変えて行ったし。そこに必要であろうという新しいアプローチを取り入れてやれたから。

――浮雲さんのマイルールは?

浮雲
答えが浅くて申し訳ないんですけど、曲を作る上では速い曲を作ること。ギターを弾く上では、ひずませること。ひずませる時に、ポジティブにつまみをいじりました(笑)。
椎名
そうだったね(笑)
浮雲
基本はひずませたくないんです。もうデフォルト(初期設定)でひずんでいる人も多いけど、僕はひずみたくない。でも、今回は、積極的にひずんで行こうと(笑)。

――その発想の転換はなぜですか?

浮雲
曲の中で求められているギターっていうのは、ひずんだ音であることも多いでしょう。だから、そこはチームプレイですから、寄り添ってみようかなと。決して上から目線ではないし、そんな大げさなことじゃないけど、自分の中ではブレイクスルーでした(笑)。他にも、今回はいろんな弾き方をして、いろんな音が録れてよかったなと思います。
椎名
「電波通信」のギターなんて新鮮ですよね。浮雲がこういう曲も得意だなんて初めて知りました。ああいう曲も普段聴いていたのかな? と思ったり。
浮雲
あの曲に関しては作者のわっちの意図しているものが……電波通信したな(笑)。
伊澤
でも、浮ちゃんって何でもできるんだよね。ただ、ひねくれてるから(笑)。
浮雲
そう、やりたくないことはいっぱいあるんです。分かってるけど、オレはそうは弾きたくないっていうのがけっこうある。

――それは、具体的には?

浮雲
普通のこと……はやりたくない。
伊澤
カッコいい!(笑)
椎名
アーティスティック(笑)
浮雲
アーティスティックぶって31年生きてます(笑)。
椎名
でも、2nd「大人(アダルト)」の時は、そのやりたくないことをいっぱいやってくれたと思うんです。「これでみんながいいんだったら別にいいけど」みたいな感じで(笑)。でも、今回はそういうテンションではなくて、時間をかけても、“ここしかない”と思える演奏をして欲しいなと期待していたし、実際、やってくれたと思います。「絶体絶命」のギターなんてすごくいいですよ。
浮雲
たしかに、あれは今まで自分では弾かない感じだった。あの曲は、みんなにいろんな意見を言ってもらって、助けてもらったんです。……もっと頑張ります(笑)

――みなさん、各々「こう弾きたい」以上に、バンドとして「こう弾いたほうがいい」が強かったんですかね?

椎名
そう、そうです。メンバー誰もが、“自己実現のための演奏”っていう感じじゃないから。何目的なんでしょう。録音になるとみんな“自我”がない状態になるんですよね。

――個人では集団としての自我になる?

浮雲
今回は、すべての曲に、そういう個人的な自我を持たせる余地がなかった気がする。「あなた、ここに行きなさい」って曲に言われた感じ。
椎名
すごく分かる。曲に顔があって、みんなには顔がない感じでした。

――それは前作「娯楽」の時とは違う感覚ですか?

椎名
ちょっと違う気がします。前作は、もっと遊びや余白があったけど、今回はもっと充満していたというか……。
伊澤
やっぱり「娯楽」を出して、ひとつづつ段階を踏んで、自然にここにたどり着いたんでしょうね。
椎名
今、演奏の話をしながら思い出したんですけど、今回、私がバンド全体に課していたルールがもうひとつありました。それは、『やったことない』とか『やりたくない』とは言わせないこと(笑)。楽器も歌も頭や意思でコントロールせずに、体を通してみて、そういう風に「鳴っちゃった」「声が出ちゃった」っていうところに到達したかったから。それには、とりあえず、どんなこともやってみるべき。あらゆる可能性を試してみることが大事かなと。たとえば、浮ちゃんに「オレはボーカリストじゃないし」って言わせないように、『能動的三分間』も浮ちゃんのキーに合わせて作って行ったり。コーラスも全員が挑戦していますしね。「誰かと比べて良い悪い」とか、「普通はこうする」だとかはどうでも良くて、ただ自分たちの持っているものは何でも使いたかったし、今できる限りのことは全部やるんだって思ってました。

――使ったことない筋肉も全部使う、今この瞬間、全力を出し切る……という。

椎名
そうですね。絶対駄作にはしたくなかったから、すべて使ってみよう、出しきってみようという感じでした。それが私にとってのスポーツだったんだと思います。

スポーツと音楽の類似性

――“スポーツ”というテーマと向き合ってみて、実際のスポーツと音楽の類似性って感じましたか?

椎名
似ているのは、体を使うところくらい。“似て非なるもの”だなと思いましたね。スポーツならば「見てくれました? 自己ベスト記録!」って言えますけど、音楽は言えないですよね。自分の中では目指しているものがハッキリしているけど、それを言葉にして伝えようとすると、すごくズレるんですよ。ぱっと目に映らないことを伝えるって何て難しいことなんだろうと思います。

――耳の開き方、肥え方は人それぞれですからね。

椎名
そうなんです。しかも、共通認識として「これが品質世界一です」というものはまったくないわけですから。“品質”とか“クオリティ”って簡単に口にしますけど、実際は、どんなに一生懸命作っても、逆に力を抜いて作っても善し悪しは単純に測れないですよね。そこはスポーツとはずいぶん違うと思います。

――測れなくても、伝わるものはあると思うんですけどね。それから、聴いている側としては、ミュージシャンはとても肉体的で本能的だと思います。林檎さんがデモテープを何度も聴きこんで音が要求するものを深く正確に聴きとろうとすることも肉体的だし、シングルのインタビュー時に、「伊澤さんの曲は人間味や本能と直結している」とおっしゃっていたのもそうですし。

椎名
それはもちろんあると思います。浮雲も別な部分で運動神経がいいなと思いますよ。ノリの安定感もそうだし、歌録りもすごく速いんです。「FOUL」なんて演歌歌手の手練な方みたいに3テイクでOKでした(笑)。師匠(亀田)やトシちゃん(刄田)も、あんなに練習を積んでいるのに、「今も修行中だ」といつもおっしゃる。不思議なくらいに謙虚なんです。師匠なんて今回腱鞘炎になったことも「怪我の功名だ」と懸命に練習なさっていたし、実際、かつてより素晴らしい音になっていた。

――肉体的であることってピュアなことですよね。

椎名
そう思います。どうしても大人になると頭や自我で「やってやろう!」と思っちゃうじゃないですか。でも、そんな計算をせずに、いかに思い切って身を投げだせるか、体ごと飛びこめるかが大事だなという気がします。

――林檎さんはずっと以前からそこを大切にされていますよね?

椎名
ええ。そこはソロデビュー時から重要視していたと思います。歌の巧い人や巧く歌おうとする人はたくさんいるし、自分は巧く歌おうとしないでいようとか、そういうことは変らずに大切にしていましたけど、今回はそれ自体をテーマにしたわけですから、堂々とやれる。しかもそれをこの5人でできて本当に良かったなと思います。「スポーツ」というアルバムはいずれいちばんいい時に、元気な時に出したいと思っていましたしね。

――今作を通して、さらに、肉体や本能が研ぎ澄まされたんじゃないですか?

椎名
想像以上に体力消耗しましたね。今はもうここが最高沸点かもしれないと思ったりしています。これ以上、肉体を酷使するのは無理かもしれないし、単純にこっちに行ききったから今度はこの反対のことをやりたくなるだろうなという予感もあります。ソロで「加爾基 精液 栗ノ花」を作った時はそういう思いがあった。あの作品は肉体的なものを抑制して作ったので、事変でもそれをやってみたいと思うような……そんな予感がします(笑)。

現在とこれからの東京事変

――お話を伺っていて、今の東京事変はメンバー間の信頼関係が育って、とてもいい状態なんだろうなと感じました。

椎名
「大人」の頃は、まず、2人(伊澤、浮雲)を長年のスタッフやいろんな人に紹介しなきゃ。みんなにも気に入ってもらって末永いおつきあいをしたいと思って戴きたい……というヒヤヒヤがありましたから。それが、「娯楽」では私が不在でもみんなで仲良く曲を揉んでいる時間が生まれて。今回はさらに余分な会話を必要としなくなったんですよね。だから、すごくスムーズだし、基本的に和やかなムードですね。
伊澤
信頼関係って普段はいちいち意識はしないけど、それって、“本人が自然でいられる”ということでしかないと思うんですよ。
浮雲
いいこと言うね。1枚作るごとに状況も空気も変化しているだろうけど、今はとにかく“何かいい感じですよ”としか言えないし、みんなで一緒に前進できた感じはしますね。

――新しいアルバムが完成したばかりですけど、もう次のことは考えていますか?

椎名
今はまだレコーディングモードを解除したくないんですよね。さきほどお話したように、この肉感的な作品をやり遂げたら、今度は抑制したところを追求してみたいという欲求が生まれていたり。実際はまだまだツアーも含めて、この作品で肉体的な追及を続けなくてはいけないし、それに対して非常に辟易しているところです(笑)

――林檎さんにとっても、それだけ大きな作品だったんですよね。

椎名
そうなんですね。自分がすごくえぐられる気がしました(笑)

――伊澤さんと浮雲さんはいかがですか?

伊澤
先のことは分からないけど……今、達成感はありますよ。今までよりもずっと強くあります。
浮雲
これを作っちゃったから、今はまずこれをすごくカッコよくライヴでやらなきゃなって。東京事変はライヴが大切だと思うし。形としてそのまま再現するわけじゃないけど、この魂的なもの、エネルギー的なものは、ちゃんと表現したいと思います。

「ウルトラC」ライナーノーツ


あの時間はまるで幻のようだった。
たしかにそこにいたという実感は強く残っているにも関わらず、夢のように儚くもあった――『東京事変live tour 2010 ウルトラC』。
毎回、ベストライヴとの呼び声が高い東京事変のライヴの中でも、“ベスト・オブ・ベストである”と多くのリスナーや専門家が口をそろえた本ツアー。興奮と不思議な感覚が冷めやらぬまま、あの幻の時間が確かめられるDVDがリリースされる。

本ライヴは、「スポーツ」という肉体的にも精神的にも極限まで使い切って作られた4thアルバムの、あのエネルギーを体現している。終始、一瞬の緩みもない、演奏、歌、衣装、音響、照明もすべてが完璧に溶け合って生まれたクオリティの高い総合芸術のようなライヴである一方、とても人間臭い、密度の濃いライヴでもあった。

生のライヴで鳥肌がたった箇所は、DVDでも鳥肌がたったし、その肉体の動きや表情を至近距離で見て、改めて鼓動の高まりを確認した個所もある。
「電波通信」は、あの超絶高速サウンドが生で演奏され、ストロボのような激しいフラッシュに呼応している。その音と光の洪水にものすごい覚醒感があるのだけれど、映像で、演奏するメンバーの動きを間近に見ると、さらなる興奮に包まれる。
「能動的三分間」では、ステージ後方に大きなタイマーが登場。文字盤の数字は、<-03:00:00>。CDでは三分で終わる本曲をライヴでも三分でジャストでやりきろうという演出だった。そんなスリリングなことを生演奏で? 残り30秒を切っても、まだ曲が終わる気配はない。余裕の表情で奏でているメンバー、手を振って歌う椎名林檎……! と会場は興奮を極めていたのだが――ここは映像で何度見てもやはりドキドキしてしまう。
そして、「生きる」。この曲のオペラのような壮大さと、生っぽさはライヴでも再現されていたし、メンバーの今の熱量と個性が如実に表れていたように思う。伊澤のエモーショナルなタッチに、浮雲の速いだけじゃない美しい指使いに、師匠(亀田)の威風堂々とした立ち姿に、刄田のストレートでエネルギシュなドラムプレイにも、それぞれの内側にあるかけがえのないものが露わになっていたよう。もちろん、椎名林檎の歌とパフォーマンスにも。これまでも、その歌声のオリジナリティ、体の形と動きの美しさには目をみはっていたけれど、今回はとりわけ素晴らしかった。手をあげる、腰を揺らす、身体をふたつに折り曲げて全身全霊から声を絞り出す。そのすべてが、計算しつくしただけでは決して生まれないであろう、経験と鍛錬と情熱の美が宿っていた。全員がステージ上で裸の心身を投げ出していて、そのことが、きっと、あの幻の時間を作っているのだと改めて。

4thアルバム制作前には、「久々に事変の活動をやるなら、ただでは済ませたくないと思う」と椎名は語っていた。その言葉に違わぬ作品『スポーツ』が完成した直後、今度は「ライヴでこの作品をいかにやりきるかが勝負」だと。自らハードルを上げ続け、黙々と飛び続ける。求道者であり、アスリートのようでもある東京事変。次はどこへ行くのだろう――と思っていたら、7月、早くも配信限定の新曲『天国へようこそ』『ドーパミント!』をリリースする。いずれも、予想できなかった新しい刺激と色気をたずさえた曲に仕上がっている。この2曲が、次の章の始まりを示唆しているのか。いずれにしろ、想像もつかないところへ誘ってくれるはずだ。

(芳麗)

「空が鳴っている/女の子は誰でも」ライナーノーツ


自己記録を更新した後、人は何を求め、どこへ向かうんだろう。
4thアルバム『スポーツ』とツアー『ウルトラC』では、あらゆる贅肉をシェイプして音楽を研ぎ澄ませ、その先にある豊かな情動を味わわせてくれた。完全燃焼しきった東京事変は、この後、しばしの休息を得るに違いないというのが大方の予測だったのだが――。ツアー後すぐにドラマ「熱海の捜査官」の主題歌『天国へようこそ』とウォータリングキスミントガムCM第三弾の『ドーパミント!』を配信限定で発表。ほどなく、次回作へ向けて動き出していた。
「『スポーツ』を作る時は(バンドの)脂が乗り始めた時がいいと思っていたし、実際、そうなったと思いますけど……。今思えば、あの作品は、あくまで助走だったんですよね。あの作品をやりきれたからこそ、次からは、いよいよお客さんと共通認識を持てるんじゃないかなと想像していて。音楽を作っていく上では、これからが本番だっていう気持ちがあったから、すぐに動き出せたのかも知れません」(椎名林檎)
そんな彼らの2011年の幕開けとなり、新たなプロダクトの本格的なスタートともなる両A面シングル『空が鳴っている/女の子は誰でも』がリリースされる。第一印象から驚いた。前作で極まったテンションを保ちながらも、いずれも、これまでの東京事変にはなかった色の楽曲だからだ。
『空が鳴っている』は、ギターを核にバンドサウンドが混然一体となって走っていく。ぞくぞくするような切れ味と刹那的なエネルギーを感じさせる。けれど、それは、『閃光少女』のみずみずしい生命力とは似て非なるもの。ギリギリまで追いつめられた時にだけ発動してゆらめく大きな炎のよう。青さと同時に深みと余韻が響いて残る。作曲者は、亀田誠治だ。
「事変の中での亀田曲って、『閃光少女』とか『透明人間』みたいに明るくて胸がキュンとする方向にいっちゃいがちなんですけど、今回は自分の得意分野に行かないようにしたいなと。葛藤しながらも、明るいだけじゃなくて、翳りや冷たさとか、その中にある熱量みたいなものを感じ取りながら作りました」(亀田誠治)
亀田は“ある感情”にインスパイアされてこの曲を生んだのだという。
「その感情が何なのか今は言えない。メンバーにも非公開にしているんです」と言いながらも2つのヒントをくれた。それは、デモ段階でのタイトルは『breast(ブレスト)』だったということ。椎名林檎がつづった歌詞は、亀田が抱いたその感情とほとんど同じだということ。
「示し合わせたわけでもないのに驚きました。僕が気付いていない心理まで詞に描かれていた」。その言葉を受けた椎名は、「全ては音の中にあったから」と。
「編曲のリハーサル中、一緒に歌っている時に詞の中にある心情と映像が浮かんできました。どういう一人称のどういう瞬間なのかっていうことが浮かび上がってきて……。アレンジもそうでしたけど、すべては音の中にあったから書きやすかったです」

  一方、『女の子は誰でも』は、椎名自身が出演もする資生堂のCM曲に決定している。ほんの数分でも、ヨーロッパの上質でチャーミングな映画を1本観終わったような充実感のある1曲だ。椎名の詞曲、東京事変としては初めて外部の服部隆之を迎えて施されたアレンジのすべてに新しい挑戦が感じられる。
「メロディに関してはCMのお話を頂く前に、ぴったりなものが浮かんでいたんですよね。不思議なことに……。アレンジは、第三者が編曲したものを東京事変がプレイするっていうことをしてみたくて、服部さんに依頼する案をメンバーに相談しました」(椎名林檎)
「服部さんのアレンジは本当に素晴らしくて、レコーディングも興奮しました。伝統的なグッドミュージックをきちんと踏まえた上で革新性のある音楽を作られる。小さな時から慣れ親しんでいる伝統的な音楽の軌跡を裏切らずに辿ってくれる。僕はそこが大好きです」(亀田誠治)
‹女の子は誰でも魔法使いに向いている›というフレーズから始まる物語のような詞は、甘さとほろ苦さを備えながらも、女性に対する根源的な愛と慈しみにあふれている。詞の内容も新鮮だけれど、美しき成熟を極める孤高の人という印象の椎名林檎が‹女の子›という呼称を使うことにも驚いた。
「たしかに、20歳くらいの私……アイデンティティの確立に懸命だった頃の私ならば、使いたくない言葉がたくさんあった。“女の子”という言葉もきっと使わなかったと思うんです。でも、その時期を過ぎた今は、とにかく「音楽が恵んでくれた言葉ならば」と受け取れる。たぶん、同じ呼称でも、“女の子”と“レディ”では全部概念が違うでしょう? この曲に関しては、“女の子”じゃないと成立しなかったんだと思います」

年明け、新しいアルバムの制作もいよいよ大詰めを迎えている。この2曲を聴いただけでは、ふり幅が広すぎて、まだ想像もつかない。けれど、東京事変は更新した自己記録にこだわることなく、すでに新たな地平を走っている。新たな音楽の極みを見つけるために。

(芳麗)

「空が鳴っている/女の子は誰でも」オフィシャル・インタビュー


ツアーを終えて

――まずは、昨年のツアー「ウルトラC」の感想からお願いします。椎名さんが以前、『スポーツ』というアルバムはバンドの脂が乗ってきた最高の時期に作りたかったとおっしゃっていましたけど、その通りの作品であり、ツアーだったと思います。

椎名
ありがとうございます。私は正直、目の前のことに一生懸命最善を尽くすだけだったので、最中も終わってからも、とりわけ感慨深いというわけでもなかったんです。みんな怪我をしていたし、私も喉以外で初めて怪我を負っていたし。最中はやり終えられるかばかり考えていたので。

――それだけ必死だったということですよね。

椎名
そうですね。「ああ、ギリギリセーフだったのかな」と思う箇所もありましたし。
亀田
『スポーツ』っていうアルバムは、フィジカル的にもメンタル的にも底力を要求されるものだったので。ライヴでやるのはもちろん、その先にいるお客さんにちゃんと届けて納得できるレベルまで仕上げられるのかっていう想いはずっとありましたね。そこは、ツアーが始まる前もツアー中もみんなでよく話し合いをしました。
椎名
でも、終えてみた感想は……いかがですか?
亀田
達成感のふり幅が広がったと思います。たとえるなら、子供が鉄棒とか自転車に乗るのを覚えて行くみたいな感じがあった。「あ、ここも行ける! ここも行ける!」みたいな。ツアー中にそういう段階を一歩ずつ越えてきた気がしますね。
椎名
たしかに、階段を一段づつ昇ってきた感じですよね。

――ツアーの前半と後半ではかなり変化した部分もあるそうですね。私は、後半戦の東京で拝見したのですが、MCも一切なくなっていて、全体の密度がとても濃くて。

椎名
MCをしないことに関しては賛否両論でしたけど、構成に関してはスタッフやイベンターさんの意見を聞いてメンバー内で話し合いを重ねて、だんだん変化していったんです。
亀田
M密度が濃いのはいいけど、それで息がつまるような、終わって「はぁ~」っとお客さんがタメ息をつくようなライヴにはしたくなかったから。僕もこの業界での音楽生活が長いし、伝統的な定番スタイルをいっぱい見てきてしまったので考えてしまうところが多くて。『スポーツ』にしても、『ウルトラC』にしても、こんなに研ぎ澄ましていいのか、どこまでやっていいのかという気持ちにはツアー中も何度かなって。椎名さんには何度か言いましたよね。
椎名
この2人でも何度か話し合いましたね。
亀田
でも、結果的にあそこまで行き切れてよかったかなと。それも勢いで無理に行き切ったわけじゃなくて、ちゃんと相談しながら、少しづつ行き切れてよかった。
椎名
本当にそうですね。
亀田
緊張感のある完全燃焼の90分だったんですけど、その日々の繰り返しがどんどん心地よくなって……。僕ね、あのツアーに関しては、今でも時々、記憶がぶわっとフラッシュバックすることがあるんですよ。会場のお客さんの表情、移動中に観た町の景色。そういうものが今でもくっきりとフラッシュバックするんです。今までのツアーでは、そんなことはなかったから、やっぱり自分の中に吸い込んだものが大きかったんだと思います。

新たなスタート

――ツアーを終えてすぐに『天国へようこそ』『ドーパミント』をリリースして、次のアルバムに向けて制作に入ったそうですが、そこも驚きました。あのアルバムもツアーも燃焼率が高かったので、しばらくお休みされるかと思っていたんです。

椎名
そうですよね(笑)
亀田
何で始まったんだろうね(笑)
椎名
現実的には、キスミントのCM第三弾とドラマ主題歌の話をいただいたのもあったんでしょうか。意識の上では、『スポーツ』し終えた後が本当のスタートだっていう想いがあったから。たしかに『スポーツ』を作る時には(バンドの)脂が乗り始めた時がいいと思っていたし、実際、そうなりましたけど、今思えば、あくまで助走だったのかなと。あの作品をやりきったら、次からは、いよいよお客さんと共通認識を持てる状態になるんじゃないかなとイメージしていたんです。音楽を作っていく上では、これからが本番だっていう想いがありました。

――あの『スポーツ』と『ウルトラC』が助走っていうのはすごいですね。

亀田
脂が乗ったのもその通りだけど、ライヴを積み上げて行くことによってバンド内の意識も結束されていって、メンバー同士がお互いをより深く確認できたのも大きかったんじゃないかな。
椎名
そうですね。メンバーについては、新たな発見があった気がします。
亀田
うん。僕の場合、もともと音楽家としてメンバーを尊敬しているし、大好きだったけど、今回のツアーを終えて、人としてそれぞれのことがさらに好きになりました。
椎名
同感です。陶酔し合うのはもともとNGな5人なので、あえて、言葉に出してそんなことを話したこともないですけど(笑)。1つ具体例をあげると、最初にあったライヴのMCも、実は私が怪我をしていたこともあって、呼吸を整えるためにわざわざ設けてくれていた節もあったんですよね。そんな話し合いをしたわけじゃないんですけど。後半、「MC無しで行けるなら行こう」ということになった時に初めて、みんなが私の体調を慮ってくれていたことに気付いて。いまだに伝えそびれていますが彼らには感謝しています。
亀田
今も新しいものを作る時の厳然とした空気はありつつも、一方ではすごくリラックスして頼れる存在になったというか。ツアーの男子楽屋ではそのことを実感しています。ただ、そこにみんながいるだけで安心できる空気感がある。浮ちゃん(g.浮雲)が愛車のこととか他愛もないことをしゃべっているときの声、刄田くんがカメラに夢中になっていたり、ワッチ(key.伊澤)が楽器持ち込んで本番直前まで一生懸命練習している姿に、自然と癒されるようになりました。

――バンドはますます良い状態なんですね。

亀田
そう。だから、こうして休む間もなく始まったのはよかったんじゃないかな。ツアーを終えて、「オレたちは記念碑を作った」みたいなところで一段落付けちゃっていたら、せっかく僕らが一緒に吸い込んだ空気感みたいなものをどこかに置いてきちゃう気がして。事変を離れれば、それぞれの音楽活動や日常があるので、そこに置いてきてしまうものが多いから。あの流れのまま進めたのは、良かったと思う。もちろん、やみくもに突き進むだけじゃない。これでいいのかって検証しながらですけど。
椎名
そうですね。戻らないで進むためにも、鉄は熱い打ちに打てっていう。
亀田
そうそう。まだまだ、打ちどころがあるんだなって。

――『天国へようこそ』はツアー直後に制作されたんですよね。

椎名
はい。「熱海の捜査官」というドラマの主題歌のオファーをいただいて。三木聡監督による台本が私の手元に届いたのがツアー中だったんです。もともと好きな監督だったし、ドラマ全体の音楽担当の坂口さんが「J-POPである必要はまったくない。音楽と作品が沿えばいい」と、本当にクリエイティヴなオファーをくださったから。こちらも更なる深化を目指せるキッカケをいただけて、この脚本やお芝居に敷くべきものというポイントに集中して書かせていただけたし、メンバー全員での演奏にも真摯に取り組めました。
亀田
最初の曲に“お題”があったのも良かったのかも。
椎名
そうですね。「次はどうしようか」と考えるヒマもなく、『スポーツ』の先を行く、新たなお題をいただけたから。

――『ドーパミント!』に関してはいかがですか?

椎名
あれは、8月頃かな。キスミントのCM第三弾のお話もいただけて、全員で曲を持ち寄ってならべてみたんですけど、結局は締め切りの前日の夜中に伊澤がすべりこみで作ってきた曲を監督が選んでくださったんです。でも、そこで、みんなでいろんな曲を持ち寄って触ってみたことでつかめたものがあったし、この延長線上でアルバムが録れちゃう気もして、どんどん意識が高まりました。

『空が鳴っている』

――5月11日にリリースされる新曲『空が鳴っている』もグリコ「ウォータリングキスミントガム」のCMソングです。まず、この曲が選ばれたというのは?

椎名
みんなで話し合って決めたんですけど、満場一致でしたね。こちらとしては同CMシリーズ上でも同じことはやりたくないので、新しい方向性の曲をご提示したかったし、CM監督もPVを撮ってくださる方なので、音楽ありきで考えてくださって。

――東京事変の曲としても新鮮だなと思いました。『スポーツ』で得たテンションの延長線上にありつつも、まったく異なる地平にあるというか。今伺ったお話にもリンクしている曲だなと

椎名
ありがとうございます。
亀田
ああ、よかった。

――作曲は亀田さんですよね。

亀田
はい。事変の中での亀田曲って、『閃光少女』とか『透明人間』みたいに明るさがあって、胸がキュンとする方向にいっちゃいがちだったんです。基本的に僕がそういう人間なので(笑)。でも、今回は明るさだけじゃなくて、翳りや冷たさとか、その中にある熱量みたいなものを感じ取りながら作りました。たとえ胸キュンな方向にいきたくなっても、「そっちにいっちゃダメだ」という意識を持ちながら作っていました。

――葛藤しながら制作されたと。

亀田
はい。「あれ? いつもの好きなパターンになっていないか?」みたいな葛藤は何回かくぐり抜けました。
椎名
それは、私も初耳です。
亀田
今回は、他の曲でもそういう作業をやっているんです。この曲もそれを繰り返しているうちに、締め切りの直前に「できた」っていう感覚が滑り込んできたんです。

――林檎さんが曲を聞いた感想は?

椎名
師匠の作るデモではいつも1オクターブ下で歌ってくださっているんですけど、自分が歌っているところは想像がつかなかったです。それに、今まで私たちのために書いてくださった曲とだいぶ温度感も質感も違うなということはすぐに察知して、びっくりしつつも嬉しくて。ビッグバンが起こった感じがしましたし、「よっしゃ!」と奮い立ちました。

――『閃光少女』は、ある日、すれ違った少女の姿がイメージソースになって曲を作ったとおっしゃっていましたが、今回はそういったソースはあったんですか?

亀田
う~ん……あるんです。あるんですけどね(笑)
椎名
メンバーにも非公開でしたよね。
亀田
今は話せない。もう少ししないと話せないと言って、非公開を貫いております。ただ、『閃光少女』みたいに、“そこにいた少女”にインスパイアされたみたいな回路とはまた違った回路で作ったんですよね。

――もしかして、“感情”ですか? ある感情が湧き上がって、そこを表現されようとしたのかなと感じました。

亀田
まさにその通りです。
椎名
気になりますね。
亀田
ちなみに、もともとは、『breast(ブレスト)』っていうタイトルだったんですけど、それ以上は秘密(笑)

――この曲には、『閃光少女』とはまた違う生命力と言うか。死や破滅を意識した中での、生の輝きみたいなもの、成熟と青さの両方を感じました。音楽の作り手としても弾き手としても熟達していらっしゃるのに、一方では切実さや青さももち続けている亀田さんならではの曲だなと。両方保っていらっしゃることってすごいし、不思議なんですけど。

林檎
おっしゃっていること、分かります。それは、それだけの深い感受性がおありなんだと思います。
亀田
感じやすいのはたしかです。僕はものすごい量のいろんなものを受け止めちゃうんです。でも、その分、出してもいる。仕事柄、幸運にもアウトプットの場所がたくさんあるので、受け止めたものは出しきる作業をしているし、そこで浄化しているんですよね。泳ぎ続けていないと死んでしまうマグロみたいなものかなと(笑)。出す方法は何でもいい。曲を作るのでも、ベースを弾くのでも、アーティストさんのお手伝いをするのでもいい。僕にとっては全部が同じ回路なんですよね。目の前にあるものに対して、とにかく真摯に取り組む。自分がそこにいる限りは、絶対に役に立とうっていう信念みたいなものがあって、そこに集中しているだけなんです。たぶん、曲を作る時も同じ考え方だと思います。

――出し続けていることによって、大切なものが保たれているんでしょうか。

亀田
保たれている気がするし、そうして自分にとって大事なものを出していると、やっぱり周囲にも出している人が集まってくるんですよ。

――なるほど。

亀田
自分を閉じていると周囲も閉じてしまう。事変がぼくにとってものすごく大事なのは、みんな惜しみなく出している人たちだからなんだと思います。
椎名
亀田さんがどうしてそんなに両極のものを持ち合わせていらっしゃるのかは、私たちにとっても謎なんです。すべてにおいてメモリーが大きいとしかいいようがない。アンテナも鋭い・・・つまり、感受性も深いし、両極のものすべてが高い地点でバランスが取れている。「成熟と少年性とどっちを大事にする?」と他人が割り切ろうとするところに、「両方です」っておっしゃって周囲を説得できる稀有なお方。簡単には測れないからこそ、尊敬する大人であり、いとおしい少年であり続けられるのかなと。

――なるほど。この曲は、とてもPOPでありつつ懐の深さもあって、そういう亀田さんのメモリーの大きさを感じました。

亀田
林檎さんの言葉を借りると、新しい曲を作るときって、自分のメモリーをフルに使い切ろうとする、しかも高速回転し続ける中から生まれてくるとしかいいようがないんですよね。

――アレンジはいかがですか?

亀田
すぐにこの形になりましたよね。
椎名
最初からいろいろ作為のしようがないというか、これしかないっていうところにみんなで一緒に行けましたよね。亀田さんの弾語りのデモテープは、すごくシンプルなんですよ。曲によってアコギの時も鍵盤の時もあるんですけど、シンプルなほうが曲の核となるものが見えやすいから、そういうデモにしてくださっているだと思うんですけど。
亀田
そうですね(笑)。
椎名
すべてはデモの中に答えがあったから。たとえば、「トシちゃん(Dr.刄田)にこの4小節は休んだ方がよくない?」っていうと、「オイらもそう思ってた」みたいな感じで、全体的にサクサクとすごく早く決まっていました。
亀田
初めからワッチ(key.伊澤)は、ピアノじゃなくて、ギターを手にしていたしね。この曲に関しては、東ヨーロッパみたいな雰囲気があるかなと。寒々とした感じがあって、自然とそこに向かって行った気がします。

――歌詞は林檎さんですが、どんな風に書かれたんですか?

椎名
歌詞を書いている時のことを思い出したり、分析するのって難しいんですけど、編曲目的のリハーサルをしている時、皆と一緒に歌っているうちに浮かんだんでしょうね。映像というか、まずは、心情が。どういう一人称のどういう瞬間なのかっていうところをイメージしました。歌詞もやはり浮かびやすかったです。ただ、尺通りにストーリーを組み立てて行くのには時間がかかるんですけど。

――歌詞は、刹那的ですけど、余韻や深みがあります。

椎名
ありがとうございます。

――亀田さんが歌詞を聞いた感想は?

亀田
鳥肌が立ちました。歌詞をもらった時点で、すぐメールしたんだよね。「響いてる、響いている!」って感想を言ったかな。あと忘れもしないのは、サビの出口のフレーズのところを、椎名さんから「一拍目頭を打って一小節一杯バンドはブレイクにしてくれ」って言われたんです。ここで殺し文句を書くから、みたいなことを言っていて。
椎名
あ、言ってました。私がここで、とっておきを書くはずだからって(笑)。
亀田
そう。「とっておきの言葉を書くはずだから空けてくれ」って。アレンジのリハーサルの時に言っていて、最終的に‹終わらせないで›、‹あきらめさせて›という言葉がきて。実際に、あそこにボーカルがのった時はものすごく鳥肌がたった。言葉の強さ以上に歌がものすごくて。

――たしかに、切実さと迫力がありました。

亀田
もちろん、椎名さんが歌う事変の曲だっていうことは予測のもとに作っているんですけど、毎回、その予測をはるかに超えて何倍もの強さになって返ってくる。その“のりしろ”がすごいなって。たった3~4分の中でこんなにも変わってしまう、音楽の化学反応は面白いですよ。
椎名
ポップス作りって、実はいちばんマニュアルが用意し難いことなんでしょうね。絶対、こうすれば成功するというノウハウがない。師匠はご存知かもしれないけど。
亀田
いやいやいや。

――ポップスには正解がない?

亀田
そうですね。ある程度の回答例はあるかもしれないし、それを僕はよそで語っていたりもするんですけど。それは、そういう手法もありますよという解説をしているだけで。実際に自分が作る時は解説通りに行ったためしがない。
椎名
そこは、忘れていたりもしますよね。
亀田
そう。実際に自分で作っている時は考えてもいないよっていうのが本音。そこを事変にぶつけると、何倍にもなって返ってくる。事変の中にいると、それこそ、さっきの話に出た青臭さみたいなところに揺り戻されるんです。すごく感謝しています。

――そうですよね。ちなみに、亀田さんが作曲した時にインスパイアされた感情と、歌詞の中に流れている心情には共通項がありますか?

亀田
……これが面白いもので、ほとんど同じです。もしくは、それ以上。聴いた時、「あっ、自分自身でもここは気付いていなかったけど、こういうことだったのかも」という感じでした。奇跡としかいいようがないんだけれども、感情の出所は同じものだと思う。

――すごい!『生きる』についても伊澤さんが「椎名さんの詞は説明していないのにほぼ同じだった」とおっしゃっていました。

亀田
そこは、自分を開いているミュージシャン同士で音楽を作っている喜びだし、東京事変の良さだと思いますね。
椎名
音楽家同士のものですよね。そういえば、以前、『スポーツ』のレビューに、‹個性は体に宿る›という哲学者さんの言葉を引用してくださいましたよね。

――はい。

椎名
あのタイミングであの言葉を改めて伺った時、ピンときたんです。音楽を作る上では、いろいろと頑張ってもしょうがない。それまで生きてきた中で見たこと、聴いたことっていうのが食べ物みたいにすでに肉体を形成していて、それが自然と出てしまうのかなと。それを5人でやったらこうなるっていうのが事変で。だから、作曲や作詞もバランスしながら作っているようで、実は最後まで予測できてはいないんだと思います。

『女の子は誰でも』

――『女の子は誰でも』も、これまでの東京事変には全くない色の曲ですよね。こちらは資生堂のCMソングというオファーありきだったそうですが。

椎名
そうなんですけど、実は、その話を知る前からこのメロディが浮かんでいたんですよ。『天国へようこそ』の時もそう。胡散臭い話ですけど、三木監督からお話を頂く直前に、‹Don’t talk to me›みたいなフレーズが自然と浮かんでいたし……。不思議ですけど、そういうリンクが起こるから仕事させていただけているのかなとも感じていて。

――自然と浮かんだ曲が何かとリンクしていくのは、昔からですか?

林檎
そうですね。だから、自分がどれだけこじつけているのかわからないですけど。

――CM側のオーダーというのは、どんなオーダーだったんですか?

椎名
それが音楽的にはほとんど何も言われなかったんです。‹ヴァージン›という言葉を使って欲しいということだけ。キャッチコピーが決まっているから、「CMが始まって7秒以内にヴァージンって言って」と。

――細かい!

椎名
そう。でも、ちょうどその言葉がハマる曲が先にひらめいていたので、音楽のお恵みだったんだなって思います。お話を頂く前に、歌詞と一緒にコードとサウンドまで浮かんでいてデモを録らなきゃなって思っていたんです。でも、こういうスウィング感のあるものって、デモで表現するのが難しいじゃないですか。
亀田
うん、難しいよね。
椎名
でも、ちゃんとスウィング感を入れないと伝わらない。まあとにかく手間が掛かるもんだから後回しにしているうちに、資生堂の話をいただいて本格的にやりはじめた感じでした。

――この曲は、奥行きがあるのにチャーミングで、ヨーロッパの映画を観終わったような充実した気持ちになります。アレンジは服部隆之さんとご一緒されているんですよね。

椎名
そうなんです。また、服部さんとやりたかったのはもちろん、第三者が編曲したものを東京事変がプレイするっていうことをしてみたかったんです。
亀田
事前にメンバーにメールがきたんですよ。そういう風に企んでいて、「ぜひ服部隆之さんにお願いしたいんですがメンバー的にはどうですか?」というメールがきて、すぐ返信しました。「面白いと思います」「喜んで」と。満場一致でしたよね。とにかく今までと同じことはやりたくない、新しいことをやろうっていう気概がメンバーの中で大きくなっていたんだと思いますね。

――服部さんとのやりとりはいかがでしたか?

椎名
彼は毎回職人的に、服部メソッドに従って完璧な仕事をしてくださるんです。少なくとも私の時はいつもそう。だから、どうなるのか想像しながら構成デモを作成し、楽器の編成についてお話するだけ。事変のメンバーの編成しか入っていないデモを渡して、どの楽器が何人分入るかを話し合う。「ビブラホーンはあきらめても、ハープは入れてください」とか「この弦はいらない」とかお伝えしてお願いするんです。
亀田
実際に、完成した編曲でレコーディングした時はやはり素晴らしいなと実感しました。服部さんくらいのプロフェッショナルになると、あらゆる楽器のことはもちろん、スウィングジャズなど伝統的な音楽についても熟知されている。伝統的なグッドミュージック、グッドバイブスみたいなものをきちんと踏まえた上で、服部さんならではの革新性を込めた音楽を作られる。小さな時から慣れ親しんでいる映画音楽とか、伝統音楽の奇跡を裏切らずにたどってくれる。そこが大好きなんです。
椎名
分かります。その良い音楽としか言いようがないものを事変のメンバーで一緒に演奏してみたかったの。この曲は、それが合っているとも思いましたし。服部さんの中では考えて構築されているものかもしれないんですけど、歌い手としてはすごく歌いやすいんですよね。自分の作った曲なのに、色づけしてもらいながらも歌いやすくして戴ける。
亀田
レコーディングの時は、服部さんの各パートへの指示の出し方や、現場の進め方に感動して、家に帰ってからも妻に2時間くらいしゃべりまくりました(笑)

――さきほど、映画みたいって言ったのは、音だけではなく歌詞もそう。チャーミングな中にもきりりとした美意識と、物語が感じられます。

椎名
ありがとうございます。

――それと、林檎さんが「女の子」という言葉を使うのが新鮮だなと思いました。

椎名
ああ。これまでは、なかったかもしれないですね。

――世の中では、もう十年近くも「女子」という言葉が流行っていて、最近は30代以降の大人の女性でも「大人女子」なんて呼称を使いますけど、林檎さんは使わない印象があったんです。

椎名
ええ、分かります。

――女性的ですし、本質的に女の子な部分はすごく感じるんですけど、表立っては「“女の子”なんて甘い呼び名じゃ使わない」みたいな気概なのかなと。

椎名
そうだったと思います。10年前は「こういう言葉を使いたくない」っていうのがいろいろあった。自分の属するべき場所とか、アイデンティティを確立したいと思っていから。誰でもあると思うけど、たとえば、「私は、豹柄は顔周りには絶対に使わない」とか(笑)。その時期の私ならば、“女の子”という言葉はきっと使わなかったと思う。でも、その時期は過ぎたんですよね。今は「音楽と一緒についてきたものだから」って思えるんです。女性を表す呼称でも、「女」と「少女」、「女子」と「レディ」では全部概念が違うでしょう? この曲に関しては、「女の子」じゃないと成立しなかったんだと思う。

――そうですね。

椎名
男性のことも「素敵な男性」と「素敵な男」では全然違うでしょう。「女の子」っていうのは、年齢をいとわない唯一の概念という感じがあったんですよね。でも、20歳の頃は絶対に書けなかった。というか、こういう音楽のお恵みはなかったんだと思います。

――なるほど。亀田さんの感想はいかがですか?

亀田
僕もね、「女の子」という言葉を使うことに関してはすごく衝撃的でした。今までも女性にまつわる言葉っていっぱい使ってきたと思うんですよ。それこそ「雌(メス)」とかも使っていたし。だからこそ、椎名林檎さんが「女の子」という言葉を使うところにすごく透明性があるなと思ったんです。オープンだし、公平だし、「女の子」っていう言葉に対して慈しみを持っているように聞こえたんですね。上げてもいないし、下げてもいない。ずっと取っておくべきものとして、愛情をもって「女の子」を歌っている感じがしました。

――同感です。世で女の子という言葉が乱発されているのを聞くと、何だか成熟しないことへの逃げのように聞こえたりもするんですけど、林檎さんの使っている‹女の子›はそういう意味じゃない。もっと本質的なもので、心の内にあるものという感じがしました。

亀田
そう。ちゃんと聴くとすみずみまで林檎さんの目線とかスパイスが入っている。女の子というものが何十年、何百年、人間がこの世に誕生してから脈々と受け継がれてきたものであること。その本質が描かれている感じがしましたね。女の祖先は、女の子なんじゃないかな。こういう時に「アダムとイヴ」みたいなたとえはしたくないんですけど、そういう感じです。
椎名
なんか恥ずかしいな。普通にマジメに書いただけなんですけどね(笑)。

資生堂のCMについて

――ちなみに、資生堂のCMには出演もされますけど、そのことに関してはいかがですか? 化粧品のCMって、女性にとってはとても栄誉なことだと思うんですけど。

椎名
……えっ? ゴメンなさい。何も考えていなかった(笑)

――(笑)

椎名
詞曲を作っていたので、それどころじゃなかったです。「CM出演のお話を頂いているけど」と聞いた時も、「曲は? かけてくださるの?」みたいなことだけ聞いて。出演のほうに関してあまり詳しく話してない(笑)。よくよく考えれば、光栄な話なんですけどね……。

――テレもあるんですか?

椎名
テレというよりは、恐れ多いというか。単純に被写体としてはプロフェッショナルではないと知っているので、貢献できるように容量いっぱいまで務めさせていただきますという気持ちです。それと、キスミントもそうですけど、広告を作るということに関しては興味があるので、そのチームの一員として志を高く持って挑みたいなと思います。

次のアルバムについて

――最後に、現在、制作中のアルバムについて少しだけ聞かせてください。『天国へようこそ』『ドーパミント!』も含めたこの4曲は次のアルバムを見据えた4曲ですよね?

椎名
そうです。この4曲だけを聴くと、バラバラな感じがあるかもしれないけど、他の曲も合わさると筋が通るというか。メンバーの中では見えてきていると思います。
亀田
収録確定曲も何曲か出来上がっているんですけれど、そこから先のハードルがあがっている気がします。年明けまでに「もう一回書かせてくれ」ってみんなが言ってます。

――順調ながらも、もっと粘りたいというテンション?

椎名
順調かどうかも考えないくらい、「もっともっと」っていう感じになっています。
亀田
ホント、すごいですよ。みんなよく作ってくるし、よく検証しているし。メンバー間のメールのやりとりもすごい。1曲について、「あそこのあれに関してはどう思う?」「あの部分はやっぱりこうしたい」とか、毎日顔を合わせるわけではないので、日々、CCメールで送り合っていて。これまでもそうだったけど、今回は、特に細かいやりとりが多いよね? 
椎名
そうですね。復習が今までより増えたのかもしれない。
亀田
現場で完結せずに、みんなが持ち帰って噛み砕いているんだと思うんですよね。特に僕はそう。今まではやりきったと思えたら、「さあ、次に行くぞ!」って感じだったけど、今回は復習して、客観的に自分たちの作品を見つめ直して、磨きをかけたいというか。
椎名
そうやって慎重にやると必ずその分良くなるっていう実感がそうさせているんですよね。喜びになっている。
亀田
そのよろこびも『スポーツ』と『ウルトラC』のおかげで発見できたことかもしれないよね。

――アルバム、楽しみにしています。

「大発見」ライナーノーツ


それにしてもとんでもないアルバムである。何度リピートして聴いてもなお、つくづくそう思う。
これまでも幾つかの媒体で書いてきたが、東京事変とは極めて希有なバンドだ。椎名林檎という驚異的な才能を持ったアイコンを中心に、浮雲、伊澤一葉、亀田誠治、刄田綴色という、世代も個性も異なる4人のメンバーがそれぞれの人格をバンドに持ち込んでいる。一見理想的なシンフォニー(交響曲)のようで、その実は時に危うい、非常に希有なバランスのポリフォニー(復音楽)みたいな音楽家集団なのである。
「教育」にはじまり、「大人」、「娯楽」と、彼らはチャネル設定というコンセプチュアルアートのような制作形態によって、アルバム毎にさまざまな音楽実験を繰り広げてきた。それでいて、『あくまでも私たちが作るのはポップスである』(椎名)とポピュラリズムの探求も忘れない、特異なハードル設定によって活動を続けてきたのだ。そんな五人にとって、前作『スポーツ』とツアー『ウルトラC』は、まさにスポーツさながらのマッシブで躍動感に満ちたバンドサウンドと、徹底的なまでのライブにおける再現によって、バンドにとっての“金字塔”となった。
「筋肉であり躍動であり、お客さんとの対話における運動性を学びましたね」(椎名)
「心身共にすべてを出し切った。苦労もあったけど、その分バンドとしての“絆”は確実に深まった」(亀田)
その後TVドラマの主題歌(「天国へようこそ」)や椎名自身がキャラクターを務めるCMタイアップ(「ドーパミント!」、「空が鳴っている」、「女の子は誰でも」)という、自らの存在を広くお茶の間レベルへとアピールするチャンスを経て、東京事変は1年4カ月振りに待望のニューアルバムをリリースする。
タイトルは『大発見』。英訳表記は“Discovery”。本作はチャネルマナーこそ踏襲(=ディスカバリー・チャンネル)しているものの、たとえば“スタンダード”、“プリミティブ”、“バック・トゥ・ルーツ”といった多くのセンテンスを内包している点など、これまでのアルバムとはいろいろと様子が異なるのだ。
「まず選考にかける以前で、自分自身がハッとする、つまりは“発見”する曲でなくてはならなかった」(椎名)
“大いなる発見”というテーマの下に集まった楽曲は既記のシングルを含む全13曲(+ボーナストラック1曲)。刄田以外の4人が作曲クレジットに名を列ね、しかもうち5曲は共作曲である。
「すべての曲を『大発見』にするために、全員の持っている力を総動員した結果、自然と共作が多くなった」(亀田)
だがそれでいていずれの曲も、作者の個性だけが強く前に出過ぎることがない。
「クレジット上では椎名さんと誰かという表記でも、今回はすべての曲に事変全員としての共作感がある」(浮雲)
また本作には「電気のない都市」という、3.11の東日本大震災後を想起させる楽曲が収録されている。誰もが生死を意識した3月の体験は、無論椎名の心にも様々な想いを去来させていたのだ。
「震災後の計画停電で、さいたま新都心の、スーパーアリーナを含むその周辺の灯りがすべて消えてしまっている光景を見たら、急にイントロのピアノが聴こえてきて、この曲が唄として完成しました」(椎名)
学問と遊戯。自然と文明。男と女。大人と子供、現在過去未来。そして陸(都市)海空に風と、その上の天国。楽曲タイトルには我々が過ごす日常のすべてがあり、まるで営みのあらゆる場面において聴くことのできるアルバムとなるようにといった願いが込められたかのようだ。
「完成しても未だ、自分でも驚くほどピュアな感情の行き来が絶え間なく続いている」(伊澤)
「このアルバムには去年から今年の、それこそ震災前後も含めた濃密な時間が詰まっている」(亀田)
「ツアーではたとえBPMの速い曲でも、かけがえのない曲だからこそ、噛み締めるように弾きたい」(浮雲)
「出たとこ勝負でも絶対いいライブになる。そう言えるだけのアルバムになりました」(刄田)
「私たちの営み、事変のこれまで、そのすべてを詰め込みたかった。多くのリスナーに聴いて戴きたい反面、そっと閉じ込めたままにもしておきたい。初めてそんな気持ちを抱いた、宝箱のようなアルバムになりました」(椎名)
アフロやグラム、ジャズにビートパンクやシャンソンといった様々な音楽のエッセンスを擁し……と書くのは容易いがそれじゃ間に合わない。ロックかポップスかといった話も最早鬱陶しいだけだ。『スポーツ』がバンドにとっての金字塔だったとすれば、『大発見』はまさに2011年の邦楽全般における金字塔となる。筆者はそう信じている。

 総決算であり新境地。唯一にして無二のプレゼンス。初期衝動のラジカルと5つの才能の融解は、遂に東京事変という音楽性そのものをひとつの“ジャンル”にまで押し上げた。そんな極みへと到達した記念碑的作品、それがこの『大発見』の正体である。そう、本当にとんでもないアルバムなのだ。  

(内田正樹)

「大発見」オフィシャル・インタビュー


タイトルの誕生

――かなり独特なアルバムタイトルとなった『大発見』ですが、まずはその由来からお聞かせ下さい。

椎名
はい。そもそもは去年の6月、「ドーパミント!」のプリプロ(※本番のレコーディング前に、曲構成やアレンジ、キーなどの確認をする作業)でスタジオに入っていた時、休憩時間の他愛も無い会話から、『“DJ大自然"ってズルいネーミングだよね?』と始まって(笑)。やっぱり“椎名林檎"としましてはネーミングセンスにおいて“吉田戦車"さんに対して抱くのと同じくらいのライバル心を感じます(笑)。では、どうすれば負けないのかと考えてみたら、“大"を付ければいいんじゃないかという話になって。正直『スポーツ』とそのツアー『ウルトラC』で、私たちはすごく頑張ったと思っていたんです。ですから、次のアルバムは自分たちへのご褒美として“大"くらい付けてもいいんじゃないかという気持ちがどこかであったんでしょうね。
刄田
それで皆でいろいろ出し合ったんだよね。大草原とか大平原とか。
椎名
“大スキ"とか、設定を根底から覆すものまで出して(笑)。
亀田
そこから一度はチャネル縛りを忘れて、“大"が付くタイトルを出し合おうっていうことになったんですけど、でも『大発見』ならディスカバリー・チャンネルに繋がると椎名さんが思い付いて。
椎名
私はもう、「『大発見』、これだ!」という確信を抱いて、その日は満足気に帰宅しました。その後はメンバーへのメールで、「私は『大発見』がいいと思うけど、他に良いものがあれば是非とも」なんて書いて、みんなへの啓蒙というか洗脳に奔走し始めました(笑)。

『スポーツ』と『ウルトラC』の収穫

――前作『スポーツ』とそのツアー『ウルトラC』は、東京事変にとって非常に大きな転機となったアルバムでありツアーとなりました。この点についてはこれまでもいくつかのメディアで語られてきましたが、いまあらためて考えると、その収穫とはどのようなものだったと思いますか?

椎名
まさに筋肉ではないでしょうか。躍動というか、お客さんとの対話における運動性を学びました。「どこまで(お客さんに)近づけるのか」という。それは客観的に言えば“演出"っていう一言で括られがちなのでしょうが、私は照明から映像、選曲まですべてが一体になってこそ“事変のライブ"だと思っていて、『ウルトラC』はまさにその前提における、一番高い難易度のチャレンジであったわけです。
浮雲
ツアー序盤の頃、新潟とかではスライドを使った“ご当地コーナー"を用意したりしていたけど、千秋楽に向かうにつれて、MCをほとんど排除していって。
亀田
そう。その分曲を増やしたり、みんなで話し合ってどんどんと研ぎ澄ましていった。
椎名
不安もありましたよ。だってせっかく日頃私たちの音楽を聴いていただいて、やっと会場でお会い出来たお客さん達なのに、ほとんど会話もなく、演奏に徹してしまって大丈夫なのかなと。でもそれはこちらの大きな奢りだったというか、お客さんは「ナメんなよ」っていうぐらいのパワーで私たちを迎えてくれました。危うくこちらが恥をかくところでした。おかげさまで事変史上、スタートから最も早い段階で、高得点な仕上がりまで持って行けたツアーになったと思います。

――お客さんがバンドのキャラクターを決定付けてくれるという好例ですね。

椎名
まさにそうでした。ショーを、研究であり勉強させていただいた、とても贅沢な機会でしたね。
浮雲
ライブの進行という意味において、俺は割と受け身のスタンスなんですけど、その分対応能力がかなり上がったと思います。場がどんな展開になっても対応出来るようになったというか。
伊澤
プレーヤーとしての持久力が付いたよね。あとは自分自身の神経質な部分が解き放たれた感じもあった。このバンドとスタッフと一緒なんだから、あとは心配しなくても現場に委ねれば大丈夫だっていう。
刄田
筋肉と共に数式のようなものも学んだ気がする。体験学習(笑)。たとえばジムで鍛えられるものとは違う、数式の絡んだ音楽的な筋肉というか。
亀田
心身共に高いハードルを設定して、且つそこに向かって音楽性の全てを出し切るというチャレンジをしたので、それ相応の苦労もあったけど、その分バンドとしての“絆"は確実に深まりました。で、普通ツアー後というのはブレイク期間があってもおかしくないんですが、幸運にもドラマとCMのお話をいただけたので、すぐに「天国へようこそ」と「ドーパミント!」のレコーディングに突入したわけです。
椎名
ドラマとCMそれぞれのお話をいただいたのがツアー中だったこともあって、メンバーの顔を見ながらすぐに曲のイメージが出来たし、「ウルトラC」の直後に録ったことは、この二曲の仕上がりに影響を与えたと思います。「ウルトラC」からレコーディングまでに間が空いていたら、それはそれでまったく異なる完成形になっていたんじゃないかな。

オーダーから派生した“スタンダード"

――「天国へようこそ」と「ドーパミント!」は、『大発見』では新録バージョンが収録されています。この二曲はそれぞれTVドラマの主題歌とCMタイアップ曲となり、昨年配信でリリースされました。

椎名
制作の動機自体はドラマやCMのお話をいただいたことで発生したものでした。今回のアルバム収録にあたっては、よりアルバム寄りのアレンジにしたいと考えました。特に「ドーパミント!」は最初に伊澤が持ってきたアレンジに近い形になりましたよね。

――この2曲と、やはりCMで使用されたシングル「女の子は誰でも」、「空が鳴っている」の歌詞は、これまで他のアーティストにも多くの楽曲提供を行ってきた椎名さんの“作家性"が際立っています。椎名さんが“作家・椎名林檎"を東京事変のなかで全開放させることが出来る。この状況は大変好ましいと思うのですが。

椎名
これまでは私が勝手に制限をかけていたのかもしれません。だから結果的に今回、三木聡監督(※映画監督。TVドラマ『熱海の捜査官』を手掛けた)から頂戴した「あえて事変でスタンダードをやってほしい」というピンポイントなオーダーは、その制限を外すきっかけになってくれました。

――つまり監督が、今回のアルバムのキーワードのひとつでもある“スタンダード感"のヒントをくれた。

椎名
本当にそうです。自信に繋がったし、背中を押していただきました。これはCMについても同じです。とても光栄だし、有り難かったです。

まず自分自身が“発見"するものを

――タイトルが『大発見』となり、おぼろげに見えてきた“スタンダード"、“プリミティブ"、“バック・トゥ・ルーツ"といったキーワードの下、各自楽曲を持ち寄った。収録への選考基準はどのようなものでしたか。

椎名
厳しいものでしたね。“発見"に“大"まで付けてしまったので、まず選考にかける以前に、自分自身がハッとする、つまりは“発見"する曲でなくてはならない。以前に書いたストックからの再プレゼンだとしたら、よほどの前提か自信がなければならない。自分のことなのにビックリしてからじゃないと出せないわけですからね(笑)。
刄田
全部で30曲ぐらい出揃ったよね。
亀田
そう。提出して2、3日経ってから、「ああ、やっぱり『大発見』じゃなくて『中発見』だった!」と、トボトボ悩んで帰ってみたり(笑)。かなり試行錯誤がありましたね。
椎名
そう、そこで亀田さんが引っ込めようとしていた曲を、「ちょっと待って」と伊澤が引き取ってBメロと印象的なリフを書いたのが「21世紀宇宙の子」でした。伊澤は伊澤で持ち込んでくれる楽曲の数も多いけど引っ込めたがる数も多くて(笑)。「これ、何か、やっぱ無いわ」とか言ってね。
亀田
そうそう! 六時間くらい(演奏を)合わせてみんなノッてきたと思ったら「あー、やっぱ無いわこれ、駄曲だわ」って。みんな「えーっ!!」って(笑)。
浮雲
下手するとレコーディングの段階でも言っていた(笑)。
伊澤
うん(苦笑)。そうすると椎名さんが「じゃあこれ私が引き取る」って言って持って帰ってくれてね。

――「21世紀宇宙の子」はストックのなかから、マスタリング直前で急遽収録が決まった楽曲でしたね。

椎名
本当は震災後に、「夜明けのうた」に値する曲として歌詞を書き上げたかったんですが、なかなか仕上げることができなかった曲でした。でもアルバム制作も佳境に入り、すべての曲を順番に並べて通して聴いてみたら、足らないピースがこの楽曲だと思えたので、追加することを決めました。

――伊澤さんは今回鍵盤ではなく、ほとんどの曲をギターで作ったんですよね?

伊澤
はい。そうすることで“発見"をしたいなと思ったので。
椎名
たとえば「絶対値対相対値」では、伊澤が書いてきた曲が『私っぽい』と言ったら何ですけど、すごく私側に寄せてくれた曲だと感じたので、そこからどう飛距離を付けようかと私が手を加えてみて。
浮雲
ギターソロのために空けておいた小節に歌を加えたりしてね。
椎名
そう。元々の素材に対して、音楽的な意味で逆説的な要素を加えてみて。今回の現場で驚いたのは、そういった未だ見ぬ音楽面でのやり取りが、口頭だけで可能になっていたことでした。

――メンバー間のコミュニケーションの状態を象徴するようなエピソードですね。

浮雲
椎名さんが歌レベルというかボーカルの面から変えていったものもあったよね。
椎名
「新しい文明開化」も伊澤が「ポップスとして違う気がする」って引っ込めちゃいそうだった曲を、楽器のアプローチはそのままの状態で、「ここは私にまかせて!」と引き取って完成した曲でした。
伊澤
そういう時の椎名さんは本当にすごくて、俺がどれだけ考えても到達しない、まさにピッタリの答えをスッと持ってくるんです。「禁じられた遊び」もそう。俺がずっと、それこそレコーディングの当日まで悩んでいた曲だったんだけど、最後は唄入れ中に椎名さんが歌詞と同時に大サビのメロディラインを作ってくれて、目の前がパーッと明るくなった。
椎名
私は曲を書いた人の、言わば筆致で言うところの“止め"“や“跳ね"には、できるだけ手を加えたくないというルールを持っています。だから歌で流れが見えるのならばそれが一番理想的だと思って。
浮雲
椎名さん、そういう時の殺し文句があったよね。
椎名
何でしたっけ? そんなつもりはありませんでしたけど、確かに「必ずキラー・チューンにしてみせる」みたいな宣言は何度かしましたよね。

――「海底に巣食う男」は浮雲作詞/曲、「かつては男と女」は、椎名作詞/浮雲作曲ですね。

浮雲
「かつては男と女」は書き下ろしで、「海底に巣食う男」は7、8年前に書いた曲ですが、椎名さんが前から気に入ってくれていた曲でした。

――「海底に巣食う男」はグラムロック的なグリッター感のある曲で、事変にはめずらしい楽曲ですね。

浮雲
それを椎名さんが歌うことでちょっとチャーミングな曲になっているのが面白い。
亀田
浮ちゃんのデモテープはコーラスまで入っているので、全体の輪郭が掴み易くて、すぐに完成形がハッキリと見えましたね。

――「恐るべき大人達」は作曲が亀田/椎名の共作というめずらしいクレジットですね。

椎名
師匠の曲に交ぜていただいたのは初めてのことです。「空が鳴っている」や「21世紀宇宙の子」とはまた違う方で、これまでの事変にはなかった印象の曲にしたいと思いました。
亀田
アレンジは僕が作った形のままで、椎名さんが歌メロを変えることで大発見が生まれているんです。僕が最初に考えたAメロは浮ちゃんのギターリフになっている。
浮雲
そこもまた共作感があって。だからたとえばクレジット上では椎名さんと誰かという表記になっているけど、今回はすべての曲に事変全員としての共作感がある。
亀田
おそらく僕らの“共作"は俗に言うそれとはちょっと種類が違うんでしょうね。作家側としては一度自己完結したものにみんなで手を加えることで、さらに美味しい完成形にしていくというスタイルだから。それぞれが自分の曲を誰かに委ねることでどうなるのかが楽しみで、むしろ率先して預けたかった。そこに何の壁もなかったですね。
椎名
よかった。うれしい。私ちょっと心配していましたから(笑)。

――だから『娯楽』ようにメンバー各々が作家となるという“ルール"が存在していたわけではなく、制作の自然な成り行きと結果で、こうした共作の多いクレジットにたどり付いた点は大変興味深いですよね。

亀田
そう。それこそすべての曲を『大発見』にするために、全員の持っている力を総動員した。で、気がついたら結果として共作が多かった。まさにそういうことですね。
浮雲
初めてだったね。すごく気持ちよかったと思う。
椎名
だから今回はめずらしくストックがいっぱいあるんですけど、惜しくもアルバムには入らなかった曲も、入った曲をディレクションしてくれた感じが大きかったですね。もちろん入らなかった曲もクオリティ云々は何の問題もないので、賞味期限問題さえクリアすれば、皆様にお披露目できる機会も来るかもしれません。

明るく合理的なレコーディング

――今回のレコーディングはとても明るい空気のなかで進んだようですね。

椎名
はい。ただツアーで勢いがついてしまっていたのか、ちょっと勢いが過ぎるというか、時折デビューして間もない若手バンドみたいなアプローチになったりして(笑)。そういうのは何度か軌道修正しましたね。

――一曲目「天国へようこそ For The Disc」におけるアフログラマーとも言えるプリミティブなビートを、刄田さんはドラムではなく箱を用いて奏でているんですよね?

刄田
そう。大きな箱を左足で蹴って、ツーバスを右足で踏んでいる。かなり特殊なセットですね。
椎名
私と伊澤は木の板をシコみたいに踏んで音を出しています。タップダンサーの熊谷和徳さんに問い合わせをして、適した板を教えていただいたんです。

――事変のスタジオワークではかなりレアなシーンだと思います(笑)。

亀田
仕上がりの音は関わった人数以上の迫力が出ていますよね。
刄田
それと何より今回はプリプロからプロ・ツールス(※現在制作現場で最も汎用的に利用されているクリエイション/プロダクション・システム)を使ったのがとても大きかった。
亀田
そう、今回はプロ・ツールスを使って、毎回それぞれのパートのアレンジを、本番のレコーディングと同クオリティの音像で持ち帰ることが出来た。これはものすごく贅沢なことなんですが、そのおかげで自分のプレイであり、楽曲の全体像を十二分に把握することが出来ました。スタジオの回数を重ねる毎に、より多くの要素を持ち込み、積み上げることが可能となったんです。
椎名
それに比べたら『スポーツ』の時は、緻密なことをやろうとしているくせに、見切り発車というか、“だろう運転"でしたよね。「多分これこれこう“だろう"」っていう(笑)。その分の時間的なロスもあったし。
亀田
そうそう、割り込み運転もあったりしてね(笑)。だから去年は途中に別の仕事があったり震災も挟んだりしたので、制作期間こそ長かったように見えますけど、実際に制作をしている時間はこれまでと比べてそれほど長いわけじゃない。むしろ一回一回の作業はこれまで以上に濃縮されたものでした。
浮雲
実験が手軽に出来るのもよかったね。「これをこうしたらどうなるの?」とか、「このテンポをこうしたらどうなるか?」という試みに、すぐ取り組んで早々に答えを見出すことができた。自宅でひとり、宅録で試すようなことを全員ですぐに試すことができるのも素晴らしかった。
椎名
だからスピードも上がりましたね。その分各々言い訳が許されないわけですから。そもそも事変は午後1時にスタジオ集合したら6時には作業を終了させるバンドなんです。だいたい1日5時間程度。誰かが眠くなったり、お腹が空いたら終わり(笑)。生理に逆らっても、あまりいい結果が生まれないんですよ。
亀田
昼夜を問わずとか、夜を徹してとか、そういうことはまったくない。そういえば今回の現場って一度も晩ごはんの出前を取らなかったんだね? いま気がついたよ!(笑)

新たな段階を迎えた作詞

――楽曲が出揃うと、椎名さんは作詞に取り組みました。事変はいつも曲先行で、後から椎名さんが歌詞をあてていく。毎回この行程だけは独りぼっちの葛藤となるわけですが、今回はいかがでしたか?

椎名
それこそ初めは、「そこ(=作詞)も『スポーツ』の時にがっちり鍛えた筋肉だったよね?」と言い聞かせて取り組んだのですが、やはり苦しみました。そもそも『スポーツ』の時はみんなが書いてきた曲のなかで、どういう言葉が鳴っているのか、それを力づくで拾いに行った感じでした。だけど今回は、曲が“何処で"鳴るかを探る作業になったという印象です。

――“場所"……ですか?

椎名
何だかもう快楽的に歌詞を当てはめるのも違う気がしてしまったんです。ライミング等などにとらわれた途端、その日はもう絶対に書けなくなった。

――「電気のない都市」はタイトル/歌詞共に、先の3.11東日本大震災以降の情景を想起させます。

椎名
これは伊澤の書いた曲です。いい曲ですけれど、私は震災前も後も関係なく、長らくこの曲の正体が上手く掴み切れなかったんです。震災後、計画停電が行われた日、さいたま新都心の、スーパーアリーナを含むその周辺の灯りがすべて消えてしまっている光景を見たら、急にあのイントロのピアノが聴こえてきた。それは繰り返しではなく、たった一度切りの、“鳴った"切りの音楽だとすぐに分かりましたので、逃さず形にしなければと思いました。
伊澤
いま話を聞いていて鳥肌が立った……。
椎名
でもそれこそフロアで鳴ってほしかったらタイトルに“DISCO"って付けるとか、世間の、日頃私がカッコいいなって思っているアーティストの方々は、皆さん当たり前のようにやってこられていることなのに。「私ってば、気付くの遅いよ」と思いましたけど、今回は「何処で鳴っている曲か」を考えるというきっかけで作詞していったのが面白かった。私にとってはひとつの発見となりましたね。

――『大発見』の曲タイトルには学問と遊戯。自然と文明。男と女。大人と子供、過去と未来。そして陸(都市)海空に風と、その上の天国まである。つまりはまさにリスナーが過ごす日々の営みのなかで、そのあらゆる場面において“なる"アルバムであってほしい。そんな願いが込められたアルバムなのですね。

椎名
何て素晴らしいマトメ……。
伊澤
ここは全員の発言として「大正解!!」って書いてほしい。
椎名
生きる上で当然の営みとして、事変のこれまでの研究の成果も、すべて詰め込まれて欲しいと願っていましたから。無論それはこれまでのアルバムもそうだったし、欲だけが一人歩きしても良くないなっていう戒めを持ちつつではありましたけど。

LIVE TOUR 2011 DISCOVERYに向けて

――リリースから約2カ月を空けて、9月からはいよいよ全国ツアーが始まります。

亀田
ちょうどこのインタビューの直前も、男性メンバーはそれについて話していました。「ツアー、早くやりたいよね」って。
刄田
『大発見』を作り終えて、今回もいろいろとすごいアルバムなのに、みんなで話し合うと「すぐやれるよね」っていう感じなんです。『スポーツ』の時みたいに「どうしよう?」は、出て来ない。早くライブがやりたくて仕方がないですね。
椎名
私は何て言うか……もちろん早く皆さんの前で直接届けたいという気持ちはあるんですけど、どこか寂しい気持ちもあって。完成までのみんなとのやり取りや、いくつもの想いがすべて尊く、愛おしくて、まるで宝箱みたいなアルバムに思えて。すべてを閉じ込めたまま開きたくないという気持ちもあって。
浮雲
それ何か分かる。すっごく聴いてほしいんだけれど、究極的に言えばリリースしたくないような。
椎名
本当にそう。相反する気持ち。自分が手掛けた作品はすべてが“とっておき"なんですけど、「じゃあ百歩譲って『スポーツ』のクレームは聞いてもいい。でも『大発見』は、これだけはちょっと……お願い、ヤメてね?」っていう感じなんです。
伊澤
俺にとっても宝物ですね。椎名さんと同じで、聴いてほしい/ほしくない、知ってほしい/ほしくないみたいな、自分でも驚くほどピュアな感情の行き来がまだ絶え間なく続いている状態です(笑)。
亀田
このアルバムには去年から今年の、それこそ震災前後も含めた濃密な時間が詰まっている。だからこそツアーでは、『大発見』をリリースする6/29から9月までの間で、もっと自分自身を更新して、このアルバムの曲を皆さんの前で演奏出来る新しい自分で在りたいと思っています。
浮雲
俺もそういう心構えで向かいたい。まずは部屋の掃除から頑張ります(笑)。あとは急かされないで演奏したいな。構成とか進行とかではなく、自分の気構えとして、追われるような演奏はしたくない。たとえBPMの速い曲でも、それこそかけがえのない曲だからこそ、噛み締めるように弾きたいですね。
刄田
体力だけを準備できていれば、あとは出たとこ勝負。それで絶対いいライブになるに決まっている。それだけのアルバムになりましたからね。
椎名
5人の誰もが自己顕示欲を先に立たせることなく、ピュアな制作時間を共有することが出来たアルバムでした。こんな感情をアルバムに抱くのは本当に初めて。いまは満たされ、幸せです。

「CS Channel」ライナーノーツ


「これまでTVプログラム縛りでアルバムを作ってきたので、スポーツもディスカバリー(『大発見』)もあると言えばCS放送かなと。CSはCommunication Satellite(通信衛星)の略だそうですが、『これってCustomer Satisfaction(顧客満足)でもあるのでは?』と思えて」(椎名林檎)

 東京事変の、つまりは椎名林檎のフィロソフィーのなかで根幹である“音楽"を実演するライブとは、一分の妥協も許すことなく構築されてきた媒介だ(この点は2010年のツアーDVD&BD『ウルトラC』だけを観てもご理解いただけるはず)。そして、この姿勢はミュージックビデオ(以下MV)についてもまた同様だ。
 そんな事変であり椎名が、近年映像表現の感性について全幅の信頼を寄せているのが、監督・児玉裕一である。
 児玉は現在までに数々のMV、CMを手がけ、2007年公開のユニクロのWEB広告「UNIQLOCK」では、カンヌを はじめとする世界三大広告賞のすべてでグランプリを受賞した映像クリエイターだ。彼は『OSCA』(『娯楽』収録)で、事変のMVを、次いで「メロウ」(DVD『私の発電』収録)で椎名ソロのMVを、それぞれ初監督した。
「事変は5人全員のキャラ立ちが強いバンドですから、こちらも毎回様々なトライを強いてしまって」(児玉裕一)

 以降児玉は、椎名ソロ「ありあまる富」、「都合のいい身体」(『三文ゴシップ』収録)、事変「キラーチューン」(『娯楽』収録)、「閃光少女」(『スポーツ』収録)と数々の作品を手掛けた。

「監督はどのビデオでも、男性メンバーの素顔に近くて、それでいてカッコ良く見える表情を引き出すのがお上手で。何でそこまでメンバーのことを理解していらっしゃるのかと不思議なくらい」(椎名)

 さて、このほどリリースされる『CS Channel』は事変の2010年から2011年のナンバー、つまりアルバム『スポーツ』と『大発見』の収録曲から、児玉が監督を務めたMV集である。
 タイトル通り、3分ジャストで繰り広げられる抑制のリリシズムとムーンウォークが光る「能動的三分間」。スポーティな躍動感をカメラワークの運動性で表現した「勝ち戦」。ロードムービーのなかにドラマとフェティシズムが匂い立つ「空が鳴っている」。ポップでポジティブな演出にメンバーの魅力が凝縮された「新しい文明開化」。そして現在OA中の資生堂「マキアージュ」TVCM(※こちらも児玉が監督)で聴ける、5人が見事なダンスを披露するレビュー仕立ての「女の子は誰でも」と、ひとつも似ることなく展開されるMVのバラエティ感は、やはりロックやポップスといった一言で括ることを許さない事変の豊潤な音楽性と等しい。
「監督は映像で作曲をなさっているのだと思う。発想する部分や計算する箇所も編曲と似ている気がして」(椎名)
「MVを観る人の感情が、どう揺さぶられ、どんな結末を迎えるのか、その時間の流れを強く意識します」(児玉)

 エンドロールにはCD未収録の「天国へようこそ Tokyo Bay Ver. CS Edit」を使用。60'sムービーのサウンドトラックを彷彿とさせるグルーヴに乗って、椎名扮するゴルフガールが“主演女優"としてスタッフクレジットをお届けする。
エンドロールも一本の“作品"という姿勢であり、事変と児玉の共通項である“ユーモア"を感じさせる。
そしてエンドロールの後に流れるラストの曲は「ハンサム過ぎて」。何と児玉が作詞を手掛けた注目の新曲だ。

「通常MVを作っていただく際は、すでに曲に歌詞が付いた状態ですので、ある意味歌詞に縛られるわけですよね。その制約が外れた時に、監督がどんな映像をイメージなさるのかが、興味深かったのです」(椎名)
「ハンサムとは外見的なこと。映像も一番綺麗な表層だけを捉える。観る人はその向こう側や裏側を知りたがるけれど、実際に撮っている僕らには映っているものだけがすべて。華やかだけど哀しくて残酷な世界ですよね」(児玉)

 この『CS Channel』は事変×児玉の映像ケミストリーの集大成であり、同時に、現時点ではベスト盤が存在しない 東京事変に於いて、2010~11年のベスト・オブを余すこと無く堪能できる一枚でもあると言えるだろう。あらためて記すが、『スポーツ』、『大発見』は事変のヒストリーを語る上で重要な意味を持つアルバムとなった。
その2枚が持つ唯一で無二な音楽の魅力が映像によって最大限にアンプリファイ(増幅)された『CS Channel』を堪能する行為は、事変の今後を考察する上でも、今秋より始まる全国ツアー『DISCOVERY』の全貌を占う意味でも間違いなく有益……なのだが、ともかくこの全7本のチャネルが持つポッピンなパワーと高いクオリティは、あまりに楽しく、理屈抜きで十二分なCustomer Satisfaction(顧客満足)をもたらすこと受け合いなのである。

(内田正樹)

「CS Channel」オフィシャル・インタビュー


――まずは『CS Channel』というタイトルについて聞かせて下さい。

椎名
最初は思い付きでした。これまでTVプログラム縛りでアルバムを作ってきたので、スポーツもディスカバリー(『大発見』)もあると言えばCS放送かなと。CSの語源はCommunication Satellite(通信衛星)の略だそうですが、「これってCustomer Satisfaction(顧客満足)でもあるのでは?」と思えて。そもそもこのパッケージのリリース自体、お客さんからもとても多くのリクエストをいただいていたものでしたので。

――児玉監督が最初に監督した事変のミュージックビデオ(以下MV)は「OSCA」(『娯楽』収録)でした。そこから今回の映像集まで、カメラで覗いてきた事変メンバーの変化については?

児玉
もともと5人全員のキャラ立ちが強いバンドですから、こちらも毎回「もっと行ける」と勝手に思い込んで様々なトライを強いてしまって。しかもみんな「できちゃう」という。でもそれがフロントマンである椎名さんの見え方を分散させて、5人の集合体のイメージへと繋がると考えていたところもあって……あの、誤解を恐れずに言うと、事変ってSMAP的なんですよ。各々でも活躍出来て、でも集合するとやっぱり華があるという。

――いいですね、事変SMAP論(笑)。

児玉
誰が誰役なのかは言いませんけど(笑)。
椎名
光栄です(笑)。監督はどのビデオでも、男性メンバーの素顔に近くて、それでいてカッコ良く見える表情を引き出すのがお上手で。何でそこまでメンバーのことを理解していらっしゃるのかと不思議なくらい。だって楽屋にいる時と同じような顔を引き出すんですから。伊澤なんて撮られているのを忘れているんじゃないかと思う時もあって。

――実際、男性メンバーは作品を重ねる毎に演技のスキルが上がりましたね。

椎名
特に今回の作品集は4人のスキルが極まり出した時期の作品ですね。1曲目(※「能動的三分間」)からムーンウォークしていますしね。

――ちなみに監督にとって事変メンバーの活かし方が“掴めた"作品とは?

児玉
まだまだ掴めていませんね。東京事変は個々のキャラクターもそうですが、メンバー同士の関係性もまた魅力的なので、つい欲張ってしまうんですよ。そもそも演奏シーンだけでも成立してしまう程のカッコ良さに、余計な演出なんていらないという気すらして、毎回とても悩みます。大抵は未完成のヨレヨレのコンテを不安なまま持ち込んで、皆さんにワーッと説明して、手応えを感じたら、次の打合せにはもうちょっとまとまったコンテを、という……すみません。
椎名
(苦笑)。
児玉
楽曲から膨らむイメージも可能性もいっぱいあるのに、映像を何か一つに絞らなければいけないのは非常に苦しい作業なんですよ。

――コンテにたどり着くまでの椎名-児玉間のやり取りとは?

児玉
いつも完成形の楽曲のみしかいただきません。わりとノーヒントですよね(笑)。
椎名
ほとんど相談もしませんよね。曲が出来て、それを監督にお送りするタイミングは、大抵私自身も制作の佳境やプロモーションで一番忙しい時期で。コンテを待っている間は、自分が書いた曲をどう演出して下さるかという、作家同士ならではの楽しみがあります。だからコンテをいただいた時点で満足しちゃうこともあって。

――椎名林檎は児玉裕一に撮られることについてどう思われていますか?

椎名
それを言い出したら「役不足」という想いばかりがずっと絶えません。監督のいろいろな作品を拝見すると、「あんな才能が、こんな要素が私にあれば」と思うことばかりで、被写体として「すみません」と思うばかりです。
児玉
僕は僕で、たとえば椎名さんに「踊れますか?」と確認もしないのに、コンテ上には「踊る」ことにしてしまっているので。
椎名
そう言えばやり取りはおろか、確認もし合えたこと無いですね。
児玉
「これ、出来ますか?」といった確認が一切無いままに進めてますね(笑)。「出来るでしょ?」くらいの勢いで現場を進めて……すみません。

――何で互いに謝ってるんですか?

椎名
そういう集団なんですよ、児玉組も事変組も。言うこととやることが一致していない。出だしは「すみません」なのにやることは大胆で。だったらお互い最初から謝るなよっていう(笑)。

――奥ゆかしい過激派同士みたいな。

児玉
そうそう。僕も「どうせやるならここまでやっといちゃったほうがよろしいかと」とか「ここは男性が全力で踊る場面かと!」みたいな提案の仕方で(笑)。亀田さんの顔をアメフトの選手の身体に合成した写真をお送りして「ホントによくお似合いになるに違いない」とか。
椎名
ホントに似た者同士ですよね。図々しい同盟(笑)。

――作品がこの充実した完成度である以上、多くのリスナーは椎名-児玉間で相当細かい打合せや密なキャッチボールがあると思っていると思います。でも実際は駆け引きの下に成り立っていたという……。

椎名
あ、それはよく問われます。「椎名からはどの程度注文を出しているのか?」と。この機会にはっきり言いますね。「九割方、監督がお決めになってるんですよ!」
児玉
(爆笑)その通りです。毎回博打を打っている気分で。
椎名
そうなんですか!? 全部確信のもとにおやりになっているのかと。
児玉
いえいえ。でも悩んだら常に楽曲に立ち戻って考えることにしています。MVって音楽体感装置だと僕は思っていて。だから曲とともに感情がどのように揺さぶられながらどんな結末を迎えるのか、その時間の流れを強く意識します。メインのヴィジュアルと同時におおまかな構成が先に浮かんで、ディテールは後から辻褄があっていくという感じです。ビジュアルイメージだけだとうまくいかないですね。
椎名
そこは私の作曲と同じなんだと思います。コードの組み方とか、こちらが発想する部分や計算する箇所が似ている気がする。きっと監督は映像で作曲をなさっているんですね。
児玉
そんなとんでもない……でもそう言われるとアレンジに近いのかな。曲をあらためてなぞって足し引きしているわけですからね。

――撮り下ろしのエンドロール「天国へようこそ Tokyo Bay Ver. CS Edit」では「女の子は誰でも」で見られた椎名さんのゴルフガールが再登場しますね。

児玉
歌詞としても「女の子は誰でも」の続きが天国だとしっくりくると思ったので、どこかで連続性であり関係性を持たせたかったんです。

――そして新曲「ハンサム過ぎて」は、何と監督が作詞を担当されているという。

児玉
クレジット表記を見た時は誤植かと思いました(笑)。
椎名
以前から作品を拝見する度にやっていただきたいと思っていたので。
児玉
椎名さんから楽曲とタイトルを渡されて、「音から映像をイメージして、その映像にドンピシャな歌詞を書いてみて下さい」という無茶振りをされて……最初は全力でお断りしていたんですけど……。
椎名
通常ビデオを作っていただく際は、すでに曲の歌詞は付いている状態なので、ある意味歌詞に縛られるわけですよね。その制約が外れた時に、監督がどんな映像をイメージなさるかも興味深かったのです。より一層好きなようにやっていただけるかなと。

――実際イメージした映像とMVの完成形は同じでしたか?

児玉
そうですね。自分からかけ離れたことは書けないですから、東京事変のアルバムタイトルに込められる「テレビ」の世界というところに自分の仕事との接点を感じて、その表と裏の境目であるテレビスタジオを舞台にしました。ハンサムって外見的なことじゃないですか。映像も一番綺麗な表層だけを捉えるわけです。観る人はその向こう側や奥行きや裏側を知りたがるけれど、実際に撮っている僕らにとっては映っているものだけがすべてという。華やかだけど哀しくて残酷な世界ですよね。

――『スポーツ』、『大発見』という、事変にとって非常に重要な2枚のアルバムに於いて、その楽曲の魅力を児玉裕一という一人の監督が映像にした。これはとても有意義なことでしたね。

椎名
そう思います。嬉しい。本当に有り難いです。

――では事変×児玉ワークス2年分の集大成と言える『CS Channel』、総論をお聞かせ下さい。

児玉
やっぱり“頑張った"しかないですね(笑)。事変のみなさんにも撮影スタッフにもたくさんの苦労をかけました。もちろん僕も毎回ドタバタでしたけど、クールに構えていても完成まで到達しませんからね。
椎名
ほら、やっぱり作曲と同じ。腹を括って、どんどん肉体を動かさないと進まない。腕を組んでいても完成しないし、綺麗事では収まらないわけで。
児玉
ひとつとして同じ楽曲なんてないから、それこそ正攻法なんてないですよね。出し惜しみもしません、というよりできないし。それでいて完成してしまうとあらかた細かい事は忘れちゃうんですよね。パッケージされたものだけがすべてですから。
椎名
死ぬ気で、無我夢中で取り組んだら、感慨も何もない。「ともかくやった」という言葉しか残らない。そういうものですよね。

「color bars」ライナーノーツ


1月11日、東京事変は解散声明を発表。2月に行う3会場6公演のアリーナツアーを以て、その活動を終了することを宣言した。ミニアルバムながらも最後のオリジナル作品となる本作の予兆はDiscoveryツアーに足を運んだ人であれば、憶えがあるだろう。
 ライブ本編、その中盤と後半の分岐を担うポイントでスクリーンに映し出されるハイパーなCG映像は児玉裕一監督の手によるものだ。それはザッピングの砂嵐で始まり、数々のモチーフを展開した後、複数の原色の帯が「PLEASE STAND BY」の文字とともに踊る。そして最後にはカラーバーとなって観客の視点をスクリーンからステージセットへと導いた瞬間、「歌舞伎」の暴力的なイントロとともに東京事変の5人が威風堂々と姿を現すのだ。
 この 『color bars』 (※読み:カラーバー)は、メンバー全員が作詞/作曲を手掛け1人1曲ずつ収録した、全5曲のミニアルバムだ。このコンセプトは制作現場での突発的な盛り上がりから決まったという。
「当初は2曲入りのシングルを予定していたのですが、刄田のデモが『スポーツ』の制作時から存在していたので、『せっかくだからこの曲も事変でお披露目したいよね』という会話からアイデアが拡がりました」(椎名)
 かくして男性メンバー各々が持ち寄った「一番収録したい1曲」と、その4曲を受けて椎名が書き下ろした1曲で 『color bars』が完成した。椎名林檎の楽曲は「今夜はから騒ぎ」。Discoveryツアー終盤戦のアンコールにおいて早くも演奏されたこのナンバー、思わずカラオケで歌いたくなる歌謡性と中毒性の高いメロディに“東京"を舞台とした歌詞の世界観から、椎名ソロ名義の「歌舞伎町の女王」や「丸ノ内サディスティック」などのナンバーを想起するリスナーも少なくないだろう。
「男性メンバーのあまりに絶対的で揺るぎない4曲を、どう殺さずに活かすか。そんな曲をどう書けばいいのか、かなり悩みました(笑)。東京という、寄る辺ない街を漂って、酩酊して、覚醒していくイメージで書きました」(椎名)
 伊澤一葉の楽曲は「怪ホラーダスト」。エッジなアレンジをバックに、伊澤の邦楽体験の一端である'80年代ビートロックを彷彿とさせる、伊澤本人によるグラマラスで挑発的なボーカルも興味深い一曲に。
「椎名さんのディレクション通りに仮歌を録っていたら彼女がウケちゃって、結局『この曲、私のボーカルいらないよね?』って言われて『えーっ!?』って」(伊澤)
 亀田誠治の楽曲は「タイムカプセル」。これまで「閃光少女」や「21世紀宇宙の子」の作曲において“いまを精一杯生き抜く"というテーマをメロディに変換してきた亀田が、今回初めて作詞も含めた形でそれを実現させた。
「去年父親を亡くした際に、その悲しみと共に、自分が継いだ命を子供たちはどう繋いで行くのか、そして『今の自分は人生のどんな場所にいるのか?』という問いに直面したので、それを確認するために書いてみました」(亀田)
 浮雲の楽曲は「sa_i_ta」。彼のマニッシュなソングライティングのセンスが、これまでになく華やかな色彩を帯びて開花した、“事変meetsニュー・ウェイヴ"といった新境地を感じさせるダンサブルなナンバーだ。
「これまでの俺の曲はシュッとしたフォルムになりがちだったので、今回はガチャガチャしたものを投げてみた。踊ってほしいな。クラブで流してほしいです」(浮雲)
 刄田綴色の楽曲は「ほんとのところ」。刄田自身がボーカルを取り、眼に映る“死"をただただ絶唱するこの曲は、前述の通り、『スポーツ』制作時には存在していた、現存する唯一の刄田のオリジナルである。
「年に1曲ずつ作って、10年後に10曲ぐらい揃ったら発表出来る機会でもあればいいなと思っていたのに、まさか最初の曲が、しかも事変で発表されるなんて思わなかった」(刄田)
 筆者はこれまでも度々書いてきたが、東京事変とは極めて稀有な集団だった。椎名という驚異的な才能を持ったアイコンを中心に、世代も個性も異なる4人がそれぞれの人格を持ち込みながらも奇跡の如く成立しているという、理想的なシンフォニー(交響曲)のようで、その実、非常に危ういポリフォニー(複音楽)のような音楽家集団だったのだ。今回の 『color bars』は、まさにそんな集団を形成する5人の資質、その本性が剥き出しとなった作品であり、常に変幻自在だった“事変らしさ"を考察する向きを、最後の最後までポジティブなまま煙に巻いたのだとも言える。
「みんなで「最後だからって最後っぽい曲を持ち寄る感じは避けようね」って話もしていたので」(伊澤)
「僕の好きなフィギュアスケートに例えるとこのアルバムは事変の“エキシビション(特別実演)"ですね」(亀田)
「よく同業者の方に「こんなバラバラな5人がよくひとつになっているね」と言われて「失礼だなあ」と思っていましたけど、この作品でようやく「なるほど」と納得出来ました」(椎名)
 東京事変という集団のなかで遺憾なく放たれた五色の光彩。その眩さと愉しさを十二分に体感出来る一枚が、この『color bars』だ。『教育』、『大人』、『娯楽』、『スポーツ』、『大発見』とチャンネルをテーマに五枚の傑作アルバムを産み出してきた事変が、本作でそのプログラムの“放送終了(=color bars)"を迎える。
 このあまりに奔放で、個性と可能性に富み、湿っぽさもほぼ皆無といった本作のトーンは、椎名が、ひいては事変という集団が抱いてきた“美学"そのものだ。無論、レビュアーという立場を忘れて本音を言ってしまえば、あまりに惜しく、残念であるという言葉しか見つからない。
 だがそれでもリスナーには、その道程を全速力で駆け抜けることで彼らが起こし続けた“事変"の余韻を、この『color bars』によって堪能する行為を今は推したい。何故なら呆れるほどに自由度の高い音楽が誘うものは、きっと涙ではないはずだから。
 最後まで粋で天晴れな音楽家集団であった東京事変に、今はただただ心から、感謝と拍手を送りたい。

(内田正樹)

「color bars」オフィシャル・インタビュー


――本当に、解散するの、貴方達は?
思わずそう問いたくなる明るさで始まるこのテキストは、まぎれもなく解散を発表した東京事変の新作アルバム『color bars』(カラーバー)のオフィシャルインタビューである。
椎名林檎が解散を決意したのは一昨年(2010年)の11月、全員で解散を確認したのは昨年(2011年)の1月のことだったという。解散についての発言は同web上にて別途声明が発表され、後日刊行が予定されている、彼らの最初で最後のオフィシャルブック『チャンネルガイド』ではロングインタビューが掲載されるという前提で、ここではこれまでの活動通り、[新作に沿った質疑応答を中心に]という主旨のインタビューを行っている。
読み進めば理解してもらえると思うが、彼ら5人の会話は、その発言量も、空気も、これまでのオフィシャルインタビューと何ら変わらず、各々のキャラクターが発揮されたユーモアも健在である。ましてや『color bars』という作品が、“卒業制作“というよりも、むしろ“次の一枚"や“続き"を期待してしまう性格が強いという事実も含め、殊更にグルーミーなムードが感じられない。だが翻って考えれば、この明朗快活さこそが、今回の決断が最早揺らぐことの無い決定事項であることを物語っている、とも受け取れる。
いずれにせよ、最後まで飽く無き音楽探究を止めることのなかった5人から届いた最後のオリジナル作品は、メンバー全員が作詞作曲を手掛けた5つの楽曲を収録したミニアルバムとなった。あらゆる意味で興味深いこの『color bars』、下記のインタビューがリスナーの副読本的な機能を果せば幸いである。

(内田正樹)

最後まで過剰な5人

――『color bars』はそれぞれ作詞作曲した楽曲が1曲ずつ収録されています。まずはこのコンセプトにたどり着いた経緯をお聞かせ下さい。

全員
……………………。

――あの、まさか誰も明確な経緯を憶えていないとか?(笑)

全員
(爆笑)。
亀田
まず僕らは昨年『大発見』のリリース後、『Discovery』ツアーにも出ながら、「ハンサム過ぎて」(『※CS Channel』収録)に、栗山千明さんへの提供曲や椎名さんソロ名義の『カーネーション』のレコーディングやらと、結局は1ヵ月に2、3回は必ずスタジオに入っていて。ずっと何かを作っている状況が続いていたんです。
椎名
たしか最初は2曲入りのシングルをリリースしようかと話して、各々に楽曲を持ち寄って。ただ刄田の「ほんとのところ」のデモは『スポーツ』のレコーディングの頃からすでにあったんですね。それで、せっかくだからこの曲は事変の楽曲として皆さんにお披露目したいよねっていう話が、それはそれで以前からありまして。
伊澤
そう。その会話のなかで椎名さんが「刄田さんの曲があるから、これで全員表向きにも作家になれるね」って言って。
浮雲
そう。「じゃあやっちゃう?」って盛り上がって。

――つまり“解散だから卒業制作"というアプローチだったわけでもなかった?

椎名
事変って、名前からしてそうですけど、いつも度が過ぎちゃうんですよ。何だかすべてが過剰になっちゃう(笑)。今回もこうして雑談から突発的に盛り上がって、過程もよく分からないままに気が付いたらエクストリームまでたどり着いてしまっていたという。でもそうしたら浮雲は虎視眈々と『だったら俺(提出曲とは)、違うやつにしたい』とか言い出して。ちゃんといい仕事したデモを持って来てくれて。
亀田
デモを聴いた時は、みんなでどっと沸いたよねえ。
椎名
そうそう。亀田さんの曲は曲調としても笑っていなかったけど、浮雲と伊澤のデモはどれも笑いましたねえ。「すげえっ!」って(笑)。それでたしか私が「じゃあ今回は各々が『各これ入れたい』と意見したならもう、それを大決定としましょう」と言って。

――で、結果としてこのバラエティに富んだ……というか見事にバラバラな5曲になって。

椎名
そう。すごいですよね、アルバムとしてのこの惨劇感たるや(笑)。

[今夜はから騒ぎ]

――では収録順にお話を伺います。まずは椎名さんの「今夜はから騒ぎ」。

椎名
このアルバムでは私の曲が最後に仕上がったのですが、書くまでにすごく悩みました。そもそも4人の曲がこういった様相なんですもん。それでいてあまりに絶対的で、揺るぎない4曲で。いずれも1曲単位では素晴らしいものばかりですが、アルバムとしてあまりにとっ散らかった惨劇に呆然として(笑)。
男性
(爆笑)。
椎名
でも私が「本当に入れたい曲を推して下さいね」と言った手前もあって、この4曲を殺しもせず、むしろ生き生きと活かすためにはどんな曲を書けばいいのかと悩みました。「いっそ私もとっ散らかった方がいいのかな?」とか。あまりに必死だったので、細部までこだわることが出来る状況でもなかったですね。

――歌詞についてお聞かせ下さい。

椎名
書き始める前は“東京"という街に何らかの意味を持たせた歌詞にしようとイメージしていたかな。東京って寄る辺ない街じゃないですか。この変化し続ける様は、地方から上京した人もそうだし、昔から住んでいる江戸っ子でさえ、ともすれば心もとなく思える街だなあと。そこで漂って、酩酊して、覚醒していく曲にしようと。

――東京というモチーフやカラオケで歌いたくなる歌謡性に、「歌舞伎町の女王」を思い出すファンも少なくないと思います。

椎名
それ、児玉(裕一)監督にも言われました。きっと私のなかにプリセットで設定してある和声の進行に沿った曲なのだと思います。「丸ノ内サディスティック」や「能動的三分間」も同じような具合ですよね。

――その児玉監督と共に、この曲はミュージックビデオも撮影されています。

椎名
はい。児玉監督の作品には、いつも血とか涙といった体液があまり入っていなかった印象があったので、「最後はガッツリと入れて戴きたいな」と差し出がましくも意見致しまして。あとはやはりラストならば男性メンバーが最も似合うスタイリングだと嬉しいとリクエストしました。ツアーで大阪から香川への移動車中、監督と飯嶋さん(※飯嶋久美子。スタイリスト)と三人で彼らのスタイリングとロケ地を決めました。

――全員のキャラ設定と衣装が秀逸です。刄田さんの棍棒を駆使した舞も凄みがあって。

椎名
ねえ。監督からは刄田のスネアが銃声に聞こえるというお話があって。
刄田
うん。ちょっと低いチューニングなのです。
椎名
それで「映像でも銃を出そう」となったそうで、私がライフルを持たされました。

――漂うなかにも“さよなら"という感情と、それに対する椎名さんの美学が綴られている曲だという印象を受けました。

椎名
解散するからというわけではなく、むしろ常日頃から私が書き続けている要素ですね。ただ今回は言葉尻も極めて日常的なモードだし、口癖であり手癖に近い。私は「“さよなら"について書こう、ではこういう類の“さよなら"の曲を」という発想では書きませんし、強いて言えば最初に書いたメロディを歌った時の声色と体温に導かれたのだと思います。

[怪ホラーダスト]

――では2曲目は伊澤さんの「怪ホラーダスト」。伊澤さんがボーカルも担当しています。

伊澤
さっきの話通り、俺は「5人の曲で」というコンセプトが決まる前にいつも通りいっぱい曲を持ち込んでいて。で、一番早く提出したらこの曲に決まって録音することになったという。まあ椎名さんが一番ウケる曲だとは思って出したんだけど……。
椎名
まあ伊澤の曲はどれもウケますけど(笑)。
伊澤
だからねえ、俺、事変ではいっつもちゃんと締切りを守って、いっつも真面目で損をしてきたんですよ。これ絶対書いて下さいね?(笑)

――伊澤一葉の邦楽ルーツの一端と言える、'80年代ビートを想起させますね。BOOWYでありBUCK-TICKであり。

伊澤
歌い方のせいですよ。椎名さんにそういうディレクションをされたから(笑)。
椎名
伊澤はこれまでも取材や撮影の待ち時間とかにああした独特のパフォーマンスのフォルムだけを真似ていたんですよ。だからついに今回、絵と音がひとつに繋がったと言うか。
亀田
やってたやってた、小出しに(笑)。
刄田
だからすごくわっちのなかから出てきた曲だなって思った。
伊澤
だって椎名さん、ガイドライン目的だったはずの俺の仮歌入れで「もっと!わっちまだ行ける、もっと!」って(笑)。歌詞も椎名さんと二人で推敲して。
椎名
(笑)。
伊澤
椎名さんが喜ぶから、俺もどんどん調子に乗って歌っちゃって。結局「この曲、私のボーカルいらないよね」って言われて「えーっ!?」って。
椎名
だって私が仮歌で歌ってたときは、どうもぼやっとして曲の方向が定まらなかった。でも伊澤が歌った瞬間、曲が着地すべき地点に降り立ったと満足出来たので……。

――椎名さん、さっきからずっと笑っていますけど……。

椎名
だってすごく楽しい歌入れだったから!私がその方面の群馬ロックに持っていた興味や関心を、意のままにすべて体現してくれる人が目の前にいたわけですからね(笑)。
伊澤
たぶん事変のレコーディング史上、最もくだけた空気の歌入れだったな。
椎名
それでいてアレンジや歌詞の細部は真剣に話し合いましたよ。雨迩さん(※井上雨迩。レコーディングエンジニア)も変なテンションでしたもん。「英語全部ダブってみる?」と仰ったり、ミックス時までこちらもこだわり抜いて「そこの子音だけはもっと強く!」とお願いしたりして(笑)。
伊澤
まぁ、そんな感じです……すみません、ホントに。
浮雲
何で謝ってんの?(笑)
伊澤
メインボーカルを俺が歌っちゃったからねえ。曲を作った当初は解散や卒業のことなんて全く意識してなかったし。それにあの歌い方(笑)。リスナーの皆さんには、ただただ、「どうか楽しんで聴いてやって下さい」としか言えません。

[タイムカプセル]

――3曲目は亀田さんの「タイムカプセル」。こちらは亀田さん初の作詞ですね。

亀田
はい。曲を持ち込んだ後、“5人の詞曲"というコンセプトが決まって、椎名さんから「これは師匠がお書きになって下さいますか」と言われて。歌詞はすぐに出来ましたね。わっちのボーカル曲の流れがあったので、椎名さんから「歌って!」と言われないためにも、椎名さんの歌入れのスケジュールに絶対間に合わそうと頑張りました(笑)。
椎名
そうだ、すごく早かったですね(笑)。でもすごくプライベートな引き出しから書いて下さったように感じられて。嬉しかったです。
亀田
この曲はデモ段階では「P.C.」というタイトルで、「Parents - Children」という意味でした。「閃光少女」や「21世紀宇宙の子」は僕の息子の世代がテーマとなっていたんですが、これは父について書いた曲です--昨年僕は父親を亡くしたのですが、その時に彼を亡くした悲しみと共に、「自分が引き継いだ命を、子どもたちはどう繋いで行くのか」と考えて。父だけではなくその祖先から自分までの系譜を思った時、「今の自分は人生のどんな場所にいるのか」と考えて、それを確認するために書いた曲でした。
伊澤
たしか俺の曲と同じ日に楽器を録音しましたよね?
亀田
そう。このアルバム聴いてインタビュー読んだ人はビックリするかも。「同じ日にこの2曲を?」と(笑)。スタジオは僕と浮ちゃんとわっちの三人だけでしたね。
椎名
そうだ、私は他所で違う楽曲の作業をしていたので。
刄田
俺は腰の調子が悪くて、「怪ホラーダスト」を録った後に早退しちゃって。

――その三人のスタジオって、かなりレアな現場なのでは?

亀田
初めてでした。『ホワイトアルバム』の頃のビートルズみたいで。でも不仲じゃないですからね!(笑)
椎名
そうそう、不仲ではなくて(笑)。

――面白がって強調しなくていいですから(笑)。

亀田
初めはギターもドラムもベースも入った曲だったけど、ちょうど三人だったこともあって、もっとシンプルでいいなと思えてきて。結局は僕のベースも無くして、ピアノとギターだけにさせてもらいました。

――この曲はアルバム中で最も“終焉"に寄り添った曲とも取れます。

亀田
そうですね。そこは期せずしてシンクロしましたけど、先祖や家族が縦軸とすれば、事変が横軸だったと言えます。僕が好きな音楽って、そういう縦横の軸を擁することで普遍性を得るものが多いので。みんなの力を得て出来上がったこの曲も、そういう曲になっていたら嬉しいですね。あとはこの曲を書いてから、物事の終わりへのスタンバイが出来たというか。それは事変の終わりであり、自分の人生を生き抜くことに於いても。毎日手を抜かず、気を抜かずに精一杯生きたい。そんな想いが以前にも増して強くなりました。

[sa_i_ta]

――では4曲目は浮雲さんの「sa_i_ta」です。

浮雲
俺はこれまでの曲が“シュッ"としたフォルムになりがちだった気がしたので、最後ならせっかくだからガチャガチャしたものにしたかった。

――浮雲さんはかねてから「親切な曲を書かない」を自負していましたが、これはまたそのテーマとも違った抜けの良さがありますね。

浮雲
事変ってどうしてもライヴのお客さんが「固唾を呑んで」観ている感じが強い気がして。だからもうちょっと軽いというか、「遊びに来てね」っていう感じの曲があってもいいかなと思ったんですよね。
亀田
これは既存の何かに該当する音楽が見当たらない斬新さというか。

――強いて言葉を当てるとしたらニュー・ウェイヴ的というか。

椎名
ニュー・ニュー・ウェイヴ。ニューの二乗。

――歌は椎名さんとのツインボーカルですね。

浮雲
歌詞はあれこれ悩んだんだけど、結局は一晩で書きました。僕も最初はみんなと同じで「歌わないぞ!」って言ってたんですけど(笑)。
椎名
でもこれは曲自体、ツインボーカルの方が絶対にいいと思って「その分は歌ってね」ってお願いして。でもそう頼んだら浮雲はちゃんとそういう歌詞を書いてきてくれて。
伊澤
この曲もデモの時点からすごく良くて、聴いた時に全員盛り上がった。
椎名
浮雲は他のみんなと比べて曲の論理がマニッシュですよね。
亀田
しっかりと設計された音楽。だからその図面通りに楽器を弾く楽しさがある。この曲の僕とトシちゃんとのコンビネーション、すごく好きです。
刄田
僕もすごく好きです。雨迩さんのミックスもメチャメチャ良くてビックリした。
椎名
発明的なミックスだと思う。この曲はひとつの最新型の理想型になった。これまでもこのメンバーで制作するにあたっては、別に楽器を持って体裁を取っていなくても、プレイヤーですらなくても成立するチームになれたらいいなっていう理想はあったので。この曲では演奏こそしていますけれど、バンドという概念にハマらない一曲になった気がして。嬉しいです。
浮雲
たしかに、いわゆる“バンド感"を消した仕上がりにしたかったので。

――それでいて「能動的三分間」とは違ったダンサブルなビートもあって。

椎名
ものすごくフロア向きですよね。
浮雲
踊ってほしいな。クラブで流してほしい。

――とても解散とはほど遠いというか、むしろ今後の可能性にものすごく期待を抱いてしまうサウンドだと思います。

浮雲
自分自身の事変への球の投げ方として、これまでで一番気に入っています。とても好きな球を投げることが出来た。機が熟したと言われればそうだったのかもしれないけれど、もっと早くこういう東京事変がいてもよかったのかな、とも、ちょっとだけ思いました。

[ほんとのところ]

――ラスト5曲目は刄田さんの「ほんとのところ」。刄田さんがボーカルも担当しています。

刄田
これはもうねえ、録音しちゃったけどいまだに出していいものなのかどうか……。
椎名
何で?何か悪いことしたの?(笑)
浮雲
この曲がなかったらこのアルバムだって存在しなかったかもしれないじゃん。
刄田
またそんな……。
椎名
一時は『大発見』に入れようかという声もあったのです。結局入れず仕舞いでしたが、その後、テレビ局の楽屋にいる時に全員であらためて聴いていたら、とうとうみんなのボルテージが極まっちゃって。

――これは冒頭のお話の通り、『スポーツ』の制作時には存在していたという、刄田綴色の現存する唯一のオリジナル楽曲ということですが。

刄田
はい。年に1曲ずつ曲を作って、10年後にでも10曲ぐらい揃ったら、そのなかから選んで発表出来る機会でもあればいいなとか何となく思っていたのです。そうしたらその1曲目が、しかも事変で発表されるという事態に。本当は歌も歌詞もコードも楽器もちゃんと勉強してから発表したかったと言うか……世の中にはCD出したくても出せない人だってたくさんいるのに歌まで歌っちゃって、こんな棚からぼた餅じゃ申し訳なくて……。
伊澤
トシちゃんとはスタジオ作業が終わると、よく二人で一緒に車で帰るんですけど、俺、毎回口説いていて(笑)。「お前絶対アルバム作れよ!」って。とにかく何かしら作ったほうがいいって思わせるものがある。
椎名
“棚ぼた"どころかすごい才能ですよね。ビートルズを思わせるような要素もあるけど、トシちゃんはビートルズの曲をまったく知らない。
刄田
うん、ほとんど知らないですね。

――刄田さん、この歌詞を書いた経緯は?

刄田
あ、いいですねぇ。そんな質問されるの初めて(笑)。
一同
(笑)。
刄田
これはほんとに死んだカラスとタヌキを見つけて。家の近くで。

――確認しますけど、たしかお住まいは都内でしたよね?

刄田
でもタヌキがいるんですよ、僕の家の近所には。ハクビシンもテンもいる。カラスの亡骸を見つけた時は可哀想で知り合いの畑に埋めてやろうとして。そうしたら他のカラスがわらわらと集まってきて。攻撃はしてこなかったけど、何か悲しい気持ちがあるんだろうなと思って。で、その夜に今度はタヌキが家の前で死んでいた。まだ温かかったな。

――つまりカラスとタヌキの行はドキュメンタリーなのですね。

刄田
猫が鷹に食われたのも同じです。それは山梨で泊まった温泉旅館のおじさんが話してくれたことで。つまり自分の周りで起きた死を集めた歌なんです。

――森羅万象、何でも生きていたら“ほんとのところ"は死にたくはないだろうなという、刄田さんの死生観が歌詞になったというわけですか。

刄田
そうですね。でも反面で死に対する憧れみたいなものを持っている自分も、この歌詞の中には居るような気がしますね。

[エキシビションアルバム]

――これで『color bars』全曲についてお伺いしました。ここまでの話によると、どうやら男性陣は椎名さんによって「全員歌わされる」と戦々恐々だった模様ですが、実のところ椎名さん、それって狙っていたのですか?

椎名
まったく目論んでいなかったし、そこまで意地悪な気持ちもありませんでしたよ!ただみんな本当に歌心があるから、お客さんの観点で考えればやはり「聴きたい!」という答えになりますよね。でも伊澤の曲だけは、彼の歌を聴いた時に“ざわっ"としたけど(笑)。
伊澤
怖いわ(笑)。まあいつも作品主体という考え方は、みんな共有していると思っていますが。

――結果オーライということですね。

椎名
これも音楽的というか、ライヴな成り行きですよね。
亀田
もう太鼓判の仕上がりですよ。僕の好きなフィギュアスケートに例えると“エキシビション"ですね。『大発見』までで高得点を叩き出した後に行われる、アンコールではない公開実演。しかもそれぞれの個性がモロに出ているという。
浮雲
それすごくいい譬(たと)えだなあ。開放感もあるし。
伊澤
エキシビションなのに包み隠さず全力というのもいいよね。
椎名
この譬え、インタビューの見出しにしましょうよ!
亀田
やった(笑)。
浮雲
このアルバム、いいよね。俺好きだな。
刄田
うん。すごくいい。俺の曲を除けば(笑)。
椎名
すごく好き。みんながみんな炸裂していて、「本性見たり!」って感じじゃないですか?
亀田
すごくそんな感じがする。
椎名
だって惨劇もいいとこ。大惨事でしょう。これで「J-POPです」だなんて、よくまあぬけぬけと、みたいな。私の曲はそうでもないけど、この4人が「同じグループです」って、もうそれが「ぬけぬけと」って感じじゃないですか(笑)。
浮雲
これでお客さんは「だから解散したのか」と。
刄田
よく言う「音楽性の不一致」ってやつだったのかと。
伊澤
みんな笑顔でめちゃくちゃ不謹慎な会話だな(笑)。
椎名
これまでよく同業者の方に「こんなバラバラな5人がよくひとつになっているね」とか言われて「失礼だなあ」と思っていましたけど、このアルバムで「なるほど」と、ようやく納得出来ました。

――椎名さんはこれまで「『東京事変らしさって何?』って考えた時に、それがいつも変化し続けているのが東京事変だと思う」と発言してきました。このアルバムは、その究極を最後に弾き出したような一枚だと思うし、もっと言えば“東京事変らしさ"を最後までポジティブなまま煙に巻いた感じもあって。

椎名
そう思います。
伊澤
プリプロの現場で話した時から「最後だからって最後っぽい曲を持ち寄る感じは避けようね」とも言っていたしね。
椎名
そう。だからこの仕上がり、私は満足しています。

[おわりに]

――それにしてもつくづく「まだこんな引き出しあったのか」というアルバムで。最後どころか、半年後あたりに次のアルバムがリリースされそうな勢いですが。

椎名
そうですね。だから困ったことに、こちらも辞めきれない気分になってきて。この続きが見たいですものね。
伊澤
ストックだってまだ何曲もあるし……どうしようかなあ? 辞められないかもなあ(遠い目をする)。
椎名
何? その目。それインタビューだと伝わらないから(笑)。

――だから率直に本音を言ってしまうと、『color bars』を聴けば聴くほど「もったいない」の一言に尽きる解散だと思いますけど。

椎名
光栄です。ありがとうございます。

――2月には最後のライブとなるアリーナツアーが決まっています。

椎名
まだ現段階では何も決め込んでいませんが、こうなったらもうそれこそ惨劇みたいなライブにしたほうが面白いだろうし。
伊澤
そこで自分たちがどこまで弾けられるのかを試したいねって話していて。
浮雲
ある種の異物感があるようなライブになるといいな。
亀田
それでいて痒いところに手が届くような選曲も用意したい。

――ライヴで『color bars』の楽曲を演奏する予定は?

椎名
現状では全曲やりたいと思っています。
刄田
---- !?

――約1名、わなわなしている方がいますけど。 『Discovery』ツアーとは違うセットリストに?

椎名
そうですね。『Discovery』はもうやり切ったので。
亀田
事変の集大成とは、つまりは紋切り型の集大成じゃないということなので、僕らも楽しみだし、お客さんにも期待してもらいたいですね。
椎名
東京事変はこの5人で、最後のその瞬間までを、全力で駆け抜けたいと思います。

「Discovery」ライナーノーツ


 まず本作のジャケット写真を見てほしい。これは実際のライヴ終演直後に撮影されたものだ。昨日今日にバンドを始めた者達では絶対に醸し出すことの出来ない、素晴らしい表情と空気感ではないか。
 2012年1月11日に解散を表明した東京事変にとって、〈Live Tour 2011Discovery〉は全国を巡る最後のホールツアーとなった。ライヴは9月30日の東京・府中を皮切りに、12月7日まで全国18会場24公演が行われ、その後12月24日には青森県青森市、26日には福島県いわき市での追加公演も催された。その中から12月7日・東京国際フォーラムAの公演を収録した映像作品が、本作『Discovery』である。
 このツアーでは演出/映像に、事変の数々のPVを監督してきた児玉裕一を迎え、映像とライヴサウンドのシンクロを多用した、事変史上最もエンターテインメント性の高いステージが展開された。その醍醐味はまずオープニングの「天国へようこそ」から早々に体験することが出来る。ステージ前面を覆う巨大な紗幕。漆黒の闇に隕石のような物体が白煙を上げて落下する様が映し出されると、その向こうから椎名林檎をはじめとする事変の5人が徐々にその姿を現わす。幕はベールのように彼らの姿を覆い続けているのだが、そこに星座を模した点と線によって“HERE'S HEAVEN"の文字が描かれる頃には、観客はもう〈Discovery〉の世界観に呑み込まれている。そして2曲目の「空が鳴っている」の鐘の音を合図に幕が上がった時、えも言われぬ多幸感に襲われるのだ。
 アナウンスこそされなかったが、このライヴではアルバム『大発見』の全ナンバーを軸に、“大自然"、“大都会"、“大発明"、“大宇宙"という、4つのテーマを設定。彼らはそのテーマ毎に、プリミティヴな、クールな、ラジカルなプレイを積み重ね、遂には疾走感溢れるミクロコスモスをステージに創造する。艶と気高さを兼ね備えた椎名林檎の姿は、全編に渡って威風堂々として優美だ。そんな彼女のヴォーカルが、浮雲、伊澤一葉、刄田綴色、亀田誠治による、フィジカルとメンタルの全てを注いだサウンドと融合すると、東京事変特有の有機的なグルーヴが生まれる。前回の〈ウルトラC〉がフィジカルの“せめぎ合い"といったステージだったのに対して、この〈Discovery〉は緻密なコミュニケーションの構築で“大発見"を勝ち取らんといった、総力戦のパフォーマンスである。
 他にも、「禁じられた遊び」のアウトロにおける、水中を浮遊する椎名の様子をフェイントとしたメンバー全員による衣装の早変わりや、「秘密」の浮雲・伊澤コンビによるラップに、“UKIGMO"ネオンをバックにした浮雲のソリッドなギターソロ。「女の子は誰でも」1曲のみで披露されるファンシーなドレスとキュートなポージング。本編折り返し地点で上映される児玉による“ディスプレイの進化"を表現したCG映像。ラストアルバムのタイトルにもなった“カラー・バー"に彩られ颯爽と登場する椎名の姿や、「某都民」、「OSCA」で聴ける亀田のベースソロ。そして「絶対値対相対値」から「電波通信」という尋常ならざる怒濤の曲順を叩き切る刄田のドラミングに、「かつては男と女」や「電気の無い都市」での、思わず固唾を呑む伊澤の鍵盤等々、さながら全ての楽曲がクライマックスのようである。
 アンコールで『color bars』収録の新曲「今夜はから騒ぎ」を披露した後、デビューシングル「群青日和」を経て、“NIPPON"の電飾サインと紙吹雪も天晴な「新しい文明開化」で〈Discovery〉は大団円を迎える。
 オフィシャルサイトのインタビューにも記されているが、彼らは2011年初頭に解散を決意していた。『大発見』も〈Discovery〉も、終焉を見据えた上でのアルバムでありツアーだったのだ。ウスイヒロシ監督による的確なカメラワークと映像編集は、事変の遺したバンドマジックのリアルを存分に描き出している。つまり本作は事変最後の全国ホールツアーの記録であると同時に、最後まで飽く無き音楽探究を続けた5人の音楽家のドキュメンタリーでもある。
 本稿は解散発表から5日後に執筆しているが、様々な媒体やネット上で、解散を惜しむ声は尚も後を絶たない。絶頂期の演奏を収めたバンドの金字塔として、また前述のジャケット写真が物語るように、遺された時間を最高値で駆け抜けた集団の、清々しいまでの美学の記録として、この〈Discovery〉は極めて価値の高い映像作品と言えるだろう。
 惜しみなく贈られる声援と拍手の向こう側に、彼らが見ていた“大発見"とは、何だったのか----圧倒的なエネルギーを擁した本作の鑑賞から、ぜひそれを“発見"してほしい。

※ なお、本作のエンドロールで流れるエリック・サティ“グノシエンヌ第一番"は、ツアー会場に於いて開演直前のSEに使用されていた楽曲である。
事変が主題歌として「天国へようこそ」を提供した、三木聡監督によるテレビドラマ『熱海の捜査官』の劇中で使用されていたものだ。熱心なリスナーをニヤリとさせる伏線であると同時に、メンバーから三木監督へのリスペクトが感じられる心憎い嗜好であったことを付記しておく。

(内田正樹)

「東京コレクション」ライナーノーツ


 2004年9月8日、デビューシングル「群青日和」で豪雨の新宿を描くことから始まった東京事変。前年秋の椎名林檎ソロ・ツアー「雙六エクスタシー」のメンバーがそのまま移行する形でバンド活動へと雪崩れ込んでいった経緯は、初めて聞かされた時、もちろん大きな違和感があった。過去のソロ作でも、椎名は曲ごとのプレイヤー・クレジットにバンド名を与えていたし、実際に発育ステータスという5人組バンドでツアーを行ったことからも、彼女が常にバンドに対して憧れを抱いていたことは周知の通りであった。しかし、好調を極めていた当時のソロ活動を一時的に休止してスタートさせた東京事変の活動は、リスナーはおろか、椎名本人も恐らくはその行方が分からなかったはず。しかし、それでも彼女の音楽人生をかけて、賽は投げられた。
 そんな、ある種の逆境から始まった彼らの活動は、キーボーディストのH是都MことPE'Zのヒイズミマサユ機とギタリストの晝海幹音ことヒラマミキオの脱退、浮雲と伊澤一葉の加入を経て、気が付けば、5枚のアルバムと最新作『color bars』が7年の軌跡を鮮やかに描き出すに至った。椎名個人でいえば、さらなる音楽性の真価と成熟を鳴らすために、東京事変での活動が必然であったことに疑う余地はなく、彼女にとっての必然の音楽はリスナーの日常にゆっくりと溶け込んでいった。そして、当たり前のように活動が続いていくものだとさえ感じられていた矢先にもたらされた解散の一報。驚きと喪失感の大きさは、東京事変の音楽に芽生えたリスナーの愛情を物語る。そう、彼らは7年の活動を通じて、多くのリスナーの音楽風景を塗り替えてしまったのだ。
 しかし、同時に、恐らくはこれ以上ない達成感を感じたからこそ、そして、それぞれが個々の活動の更なる充実のために、彼らが大人のバンドらしい決断を下したであろうということもまたよく分かる。思春期的な感情をこじらせることもなければ、崩れてしまうこともよしとするようなロックの美意識に固執することもない、あまりに潔い決断。それは、最新作、そのタイトルにテレビの放送終了後に映し出される『color bars』を持ってくる去り際の美しさ同様、見事というしかない。そして、終わったはずの放送、東京事変を構成するメンバーそれぞれの個性というcolor barsが音のみの長編ライヴ・ドキュメントを映し出す。それが本作『東京コレクション』だ。
 圧倒的な手数から生み出されるグルーヴで曲をドライヴさせる刄田綴色のドラミング。カントリーからジャズ・ファンクまで、トリッキーなプレイで弾き分ける浮雲のギター・プレイ。他アーティストのプロデュースやアレンジだけでなく、このバンドにおいてはアップライト・ベースからスラップまで、自由自在に操るベース・プレイヤーとして、はたまた、ソングライターとしての評価をも確立した亀田誠治。キーボードとギターを巧みに使い分けながら、理知的なアレンジメントとエレガントなプレイが耳を惹きつけてやまない伊澤一葉。そして、ヴォーカリスト、ソングライターとしてのさらなる飛躍に加え、リアルタイムで刻々と変化するバンドの現場でミュージシャンシップの高さを発揮した椎名林檎。脱退しても記憶に残る晝海幹音の美しい憂いを帯びたギターとH是都Mが鍵盤上を猛烈な勢いで走らせた指先。
それぞれ超一流の才能の持ち主である5人が曲を持ち寄り、レコーディングとライヴを重ねることで、束の間のセッションでは到達し得ない音楽の高みへと上り詰める。その幸福な瞬間が本作『東京コレクション』には間違いなく詰まっている。最後に残された新曲「三十二歳の別れ」から時を巻き戻すかのように、最初期の一曲「夢のあと」へ。そして、走馬燈のようによみがえる、曲にまつわる聴き手それぞれの記憶や思い。アルバムを聴き終え、なんだ、夢落ちか。そう思うかもしれない。しかし、音は止んでも、耳にはひりひりした切なさと明日を切り開く言葉の確かな残響がいつまでも残り続ける。
東京事変にさよならは言えても、その音楽にさよならをいう方法はいまのところ見つからない。

(小野田 雄)

「Bon Voyage」ライナーノーツ


 開演直前のステージ。スクリーンに映し出された“color bars"と日本武道館周辺の雪景色とのスクラッチが、当日の記憶を呼び覚ます---そう。彼の日、2012年2月29日の閏日は、雪の降り頻る下、凍てつくような寒さに見舞われていた。
 本作『Bon Voyage』は、東京事変が7年半の活動にピリオドを打つべく敢行したアリーナツアーの千秋楽を完全収録した作品だ。ツアーは2月14日の横浜アリーナを皮切りに、大阪城ホール、日本武道館まで3都市6公演が行われ、本作収録日の公演は国内118ヶ所と海外3ヶ国(香港・台湾・シンガポール)4ヶ所の計122館の劇場で生中継された。
 斎藤ネコ率いる40人のオーケストラが奏でる荘厳な「生きる」でライブは幕を開ける。百花絢爛のヘッドドレスを着け、左右から射すレーザー光線を道標にその中央から登場する椎名林檎のボーカルは、1曲目にしてすでに絶唱であり、続く2曲目の「新しい文明開化」から「今夜はから騒ぎ」、「OSCA」、「FOUL」と経て「シーズンサヨナラ」に至るまでの畳み掛けは、 序盤からクライマックスのような興奮と多幸感を視聴者にもたらす。
 この公演には東京事変の魅力とその足跡が詰め込まれていた。たとえばイデビアン・クルーのダンスは、時に椎名の分身として機能し、またある時はPVを想起させ、はたまたある時にはアルバム毎のコンセプトを再現していたし、「天国へようこそ」のアウトロは本公演と最後の全国ツアー“DISCOVERY"とを繋ぐミッシングリンクのようでもあった。
 椎名の持つボーカリスト、パフォーマーとしての才能の豊かさは全編を通じて圧巻だ。ジャンヌ・ダルクのような勇ましさと迸るまでの肉体性。淑女のような気品と艶。少女が持つ羞じらいと可憐。人間の喜怒哀楽と女性の持つ表情の全てを楽曲毎に表現する姿からは、彼女が今、表現者として充実期に在る事が十二分に伝わってくる。カメラはそんな椎名の繊細な表情の機微や、メンバーのアイコンタクトから溢れる笑顔まで逃さず記録している。
 映像監督・ウスイヒロシの編集手腕は、この高いエンターテインメント性を擁した時間芸術の魅力と5人の光彩を、最大限で視聴者へ届けんとする気概とフェティシズムに溢れている。この日未曾有のチケット競争率を勝ち抜いて武道館にいた人、それが残念にも叶わなかった人、また本作で初めて彼らのライブに触れる人、その全ての人々に等しく---オーケストラ各員の呼吸や、会場では全貌の確認が不可能だった床照明までをも体感出来る程---本作『Bon Voyage』は、極上の特等席を約束する。
 そもそも東京事変とは、椎名という驚異的な才能の下に集った四人の音楽家---浮雲、伊澤一葉、亀田誠治、刄田綴色---は、自身の人格をバンドに持ち込み、稀有なバランスを成立させて“何者でもない音楽"を追求してきた集団だった。椎名はその過程を“学校"であり“実験室"と喩えた事もあった。そして気が付けば各々がファンから愛される存在となっていた。だからこの日、ラストアルバム『color bars』収録ナンバーの演奏や、「アイスクリームの歌」で男性全員がミュージカル調に歌って踊る微笑ましい一幕は、言わば4人の成長を確認出来る“卒業制作"だったのであり、全ての楽曲は、総じて7年半を賭して心血を注いだ彼らの“研究成果"なのだという事が、本作を観ると十二分に理解出来る。
 解散公演だからと言って、彼らは言葉で多くを語らない。「能動的三分間」、「天国へようこそ」、「勝ち戦」で映し出される日本語訳詞の字幕には確かなメッセージが込められていたし、何より「青春の瞬き」の《時よ止まれ何一つ変わってはならないのさ/今正に僕ら目指していた場所へ辿り着いたんだ》という歌詞は、彼らが事変として過ごして来た日々の眩さと尊さ、そしてその終焉を観客へと伝えるのに十分だ。そしてだからこそライブ終盤、穏やかな空気が流れた最小限のMCは尚更に胸を打つのである。
 椎名のソロ曲「丸ノ内サディスティック」と第一期メンバーによるデビューシングル「群青日和」も現在の事変色に染め上げて、椎名が「透明人間」で《またあなたに逢えるのを楽しみに待って/さようなら》という歌声を響かせて、東京事変は万感胸に迫る観客の声援と拍手の中、スクリーンに砂嵐を残し、去っていった。
 何時の世に於いても、去り行く者は皆美しい。だが本作は解散公演だから素晴らしいのではない。これ程までに豊潤なパフォーマンスを実現出来る集団が、その絶頂期に自らの手で潔く幕を引いた、その美学と放熱の記録だからこそ素晴らしいのだ。
 椎名の解散声明通り、再生装置によって“蘇る"この映像作品は、後年懐かしさこそ感じても、決して古びる事だけは無いはずだと筆者は確信している。それこそが事変の音楽が擁する革新性の凄みであり、つまりはシーンに於ける“事変"であったのだという事を、多くのリスナーと共に本作を所蔵する事でいつか証明したい。それがこの愛すべき音楽家集団と同時代を共に出来た悦びに対する最期の返礼だと、今は思って止まないのである。

(内田正樹)

「深夜枠」ライナーノーツ


 「《シングルのクオリティは常にアルバムと等しいそれで在るべきだ》。《理想としては完成した楽曲はすべて何らかアルバムという形態でまとめるのが曲の生かし方として一番美しい》。これは僕と椎名さんが、彼女のソロ活動でも事変でも同じように持ち続けてきた共通見解です」
 以前、EMIミュージック・ジャパンの山口一樹ディレクターがこう話していたのを憶えている。
 『深夜枠』は、東京事変がリリースした全シングルのカップリング曲が初めてアルバムに集約された作品である。曲順はPV集『CS Channel』に収録されていた「ハンサム過ぎて」から始まって、活動の年表を巻き戻すかのように2011年の楽曲から2004年のそれへとほぼ遡る構成となっている。それでいて「体」、「心」、「顔」という、人となりを表すタイトル曲がバランス良く配置されている辺りからは、これまでのオリジナルアルバムに用いられてきた、椎名のディレクションに於けるマナーも感じられる。
 それにしても不思議なアルバムだ。というのも、本作は全くもって“企画盤”ぽくない。もっと言えばこれまでの『教育』、『大人』、『娯楽』、『スポーツ』、『大発見』と並ぶ(またそのいずれとも異なる)“オリジナルアルバム”と言いたくなる様相ですらある。『深夜枠』というタイトル通り、ディープな実験性とソリッドなアレンジの楽曲群が並んだ本作のグラマラスな世界観は、事変が描き続けてきた人間の生が持つ性急なまでの躍動であり瞬間的な刹那というモチーフの凝縮だ。それは果たして一篇の映画の--もしかしたら『INCIDENTS TOKYO』というタイトルの--サウンドトラックのようでもある。
 そして「恋は幻」、「ダイナマイト」、「その淑女ふしだらにつき」といったカバー曲も含めて、如何に彼らがシングルリリースの度に表題曲とは異なるアプローチでカップリングへと取り組み、シングルの世界観をより盤石なものにせんと情熱を注ぎ続けたか、その飽く無き音楽実験の軌跡を従来とは異なる観点から紐解くことの出来る資料性をも備えている。
 さて、本作は「ただならぬ関係」という新曲(!)で幕を閉じるのだが、この楽曲、レコーディング時期等詳細なデータが一切アナウンスされていない。その上、何とPVまで存在(!!)するというので、関係者へ問い合わせたところ「鋭意制作中」(!?)という回答で、本稿執筆時点ではその全容を知る事が叶わない。(まさか曲もPVも新録なのか……??) 椎名は過去、「事変はいつも取って出しで、ストックなんてほとんど存在しない」という発言をしていたが、こうして新曲の存在が明らかになると、何だかまだランナーズ・ハイのような“続き”があるのでは?とあらぬ期待も寄せてしまう。いずれにせよやはり規格外の存在と言うか喰えない連中と言うか、つくづく解散してまで我々を煙に撒く音楽家集団ではないか。
 思えば解散ツアー《Bon Voyage》の終演後、スクリーンのエンドロールとともに場内で流されていたSEが「ハンサム過ぎて」だった。それを1曲目に据えたこの『深夜枠』は、アルバム自体が丸々、東京事変というヒストリーのエンドロールなのだという捉え方も出来るし、前述の山口氏の発言を踏まえて考察すれば、事変の遺したスタジオワークが本作でコンプリートされたのだという見方もあるだろう。
 ともあれ、未だ《Bon Voyage》の、東京事変の夢から醒めないカスタマー達への粋なプレゼントとして、本作『深夜枠』が十二分のポテンシャルを持ったプログラムであることは間違いない。

(内田正樹)

「珍プレー好プレー」ライナーノーツ


 2004年5月30日の始動から2012年2月29日の解散まで約8年に渡って活動してきた東京事変。そのライヴ・ヒストリーを1枚に凝縮した映像集『珍プレー好プレー』は、そのユーモラスなタイトルとは裏腹に、東京事変の圧倒的なライヴ・クオリティとその時代を鮮やかに映し出す。彼らの軌跡は、ギタリスト晝海幹音とキーボーディストH是都Mというメンバー2人が脱退、その直後に新たなギタリスト浮雲とキーボーディスト伊澤一葉が加入した2005年7月を境に、大きく二つの時期に分けられる。
 その第一期、2004年のファースト・アルバム『教育』とその翌年に行われたツアー“Dynamite!”は、メイン・ソングライターであった椎名林檎がソロの作風からグラデーションを描きながら、初期衝動的なバンド・サウンドを通じて、さらなる可能性を模索した時期。避けようにも生じてしまうソロとプロデューサー/バックバンドという枠組みを超えて、5人のメンバーが対等に、そしてより密に結びつくことで得られる解放感がこの時期のライヴからは感じられる。
 そして、メンバー交代を経た第二期はバンドの歴史の大半を占める。2006年のセカンド・アルバム『大人(アダルト)』と映像作品化が初となるその直後のライヴ“DOMESTIC! Virgin LINE”は、日本武道館と大阪城ホールといういきなりの大舞台と伊澤の腱鞘炎というハンデを抱えていた。にもかかわらず、その音楽性は一気に洗練と成熟へと向かい、音のみを通じてお互いが高め合っていく、文字通り、大人のバンドとしての東京事変の個性はこの時期に確立された。そして、約2ヶ月間に渡って行われた2006年のツアー“DOMESTIC! Just can't help it.”の映像は、前回のライヴ経験を踏まえ、自由度を増して、よりカラフルになったアレンジをタイトな演奏にまとめあげるバンドならではの進化が実感出来るはずだ。その進化は椎名以外のメンバーが作曲を担当することで2007年の表情豊かなサード・アルバム『娯楽(バラエティ)』へと繋がり、その後のライヴハウス・ツアー“Spa & Treatment”においては、ステージ演出を抑え、楽曲と演奏を通じて自信をもってオーディエンスと向き合った。
 その後、椎名が再びソロを活発化させた2年を挟み、2010年の4作目アルバム『スポーツ』とそのツアー“ウルトラC”、そして、2011年の5作目アルバム『大発見』とそのツアー“DISCOVERY”は、メンバーの個性のクロスオーバー感とモダンなポップ感覚が東京事変のオリジナリティを強固なものにした時期。そして、バンドに安定感が感じられたからこそ、その後の解散発表はあまりに唐突に感じられた。しかし、到達感が確かに感じられたからこそ、大人のバンドは潔い決断を下したのだろう。ラスト作にしてミニ・アルバムの『color bars』と最後のツアー“Domestique Bon Voyage”はメンバーの新たな門出を祝うかのように、バンドが長らく培ってきたエンターテインメント性を一気に花開かせ、東京事変は2012年2月29日に惜しまれながらも華やかに解散した。
 他を寄せ付けないアーティスティックな表現というレベルにとどまらず、それを一級のエンターテインメントへと昇華するプロフェッショナリズム。それこそが東京事変なのだと、この映像作品を通じて改めてそう思わせられる。衣装やメイク、ステージ美術、照明、映像といったライヴにおける全ての徹底したこだわりとその都度構築されるシネマティックな世界が堪能出来る単体のライヴDVDに対して、この作品は一本のライヴの流れから切り離された楽曲単位の魅力にフォーカスが当てられている。しかし、それゆえに曲ごとにがらりと変化するヴィジュアルの強度や楽曲の揺るぎない魅力、メンバー個々の極上な演奏スキルが浮き彫りになっている点は、この作品の一番の魅力といえるだろう。さらにいえば、その点こそが、音楽配信やリスニング環境の変化によって、アルバム単位だけでなく、曲単体でも聴かれるようになる一方、音源だけでなく、音楽フェスやライヴにも重きが置かれるようになった多角的エンターテインメントの時代に、その最前線で活躍した彼らの成功の秘密でもある。その意味において、ライヴ・ヒストリーである本作は2004年以降の時代を映し出すドキュメンタリーでもあるのだ。そんな作品に『珍プレー好プレー』というタイトルを付けるエンターテインニングなセンスと音楽に対する謙虚さ、余裕と自信も含め、解散してなお、東京事変は強いインパクトを与え続ける。

(小野田雄)

「Hard Disk / Golden Time」ライナーノーツ


2012年2月29日、東京事変は日本武道館のステージで7年半の活動にピリオドを打った。未だ瞼を閉じればあの日の五人の勇姿を鮮明に思い出すことが出来るし、追ってリリースされたライブDVD「Bon Voyage」の観賞に耽っているリスナーも大勢いるだろう。その時間が長かったか短かったかは人それぞれだと思うが、ともかく、雪の閏日から1年後となる2013年2月27日、『Hard Disk』、『Golden Time』という二つのタイトルがリリースされるという報せが舞い込んだ。
まず『Hard Disk』は、結成から解散までにリリースしたアルバム全7作品と、CD未収録音源にシングルバージョンと、驚くことに未発表曲(!?)「BON VOYAGE」を収録した特典Disc『Recovery Disc』を加えたCD8枚組に加えて、さらに封入特典としてアートワーク写真集とやはり未発表音源「サービス 顔見世篇」と秘蔵フォト「OB総会」をプリインストールしたUSBメモリーがセットとなったBOXだ。これによってリスナーは彼らが遺した全楽曲を、余す事無く一気にフォローすることが可能となる。
一方『Golden Time』は、彼らのミュージック・クリップよりファンからの支持が高かった10曲を時系列順に収録。そこにラストアルバム『color bars』収録の「今夜はから騒ぎ」と、カップリングアルバム『深夜枠』収録の「ただならぬ関係」に、「閃光少女」の新バージョンをも加えた“ミュージック・クリップ・セレクション"といった趣向の一枚である。
再三書いてきたが、東京事変というプロジェクトは椎名林檎にとって当初は学習機関としての意味合いを持ち、それはやがて実験室へと変わっていった。無論、男性メンバーにとっても、東京事変は音楽的にも人間的にも挑戦であり成長のステージに他ならなかった。ミュージシャンとして拮抗し、鎬を削ることで成立していた初期のサウンドが、メンバーチェンジを経て新たなユーモアとウィットを獲得し、遂には五人全員が各々の人間性を投入する極みにまで到達して、最後には全員にとっての“大切な場所"となった。この『Hard Disk』を一気に聴いてみると、その進化にあらためて唸らされる。
また『Golden Time』からも、ある意味真っ直ぐでソリッドな人間性を持ったバンドマン集団が、やはりメンバーチェンジと映像作家・児玉裕一の合流以降、演技にダンスと何でもござれのエンターテインメントな音楽家集団へと変貌を遂げた様子が楽しめる。
彼らは常に過剰で、全力で、前衛で在りながらメジャーリーガーだった。しかも(結成当初は最早9年前の2004年であるにも関わらず)現時点で音源・映像・アートワークのいずれも、未だまったく古びていない。かの「能動的三分間」の歌詞から拝借すれば、格付(ランキング)のイノチ短い刹那なシーンのなか、彼らの音楽(ミュージック)のキキメが如何に長いかを物語る事実だと言えよう。
さて、昨年の「深夜枠」リリース時にも「ただならぬ関係」のミュージック・クリップが「解散したのに新撮か!?」と物議を醸したが、どうやら今回もただのダイジェストでは済まなかったようだ。『Hard Disk』内の『Recovery Disc』に収録の「BON VOYAGE」は、驚くなかれ、H是都Mがピアノを弾き、浮雲が作詞作曲とボーカルを手掛けた未発表曲である。第一期と第二期のメンバーの邂逅。そこで奏でられたのは、「Bon Voyage」ツアーで船出した彼らが、遠い彼方の洋上から港へ残した貴方(=リスナー)を想って語りかけるようなリリックの小品だった。あたかも7年半という歳月の後日譚を記したエアメイルのような郷愁溢れる歌声とスタンダード・マナーのピアノが、聴く者の心をやさしく揺らす。そして椎名編曲による未発表曲「サービス 顔見世篇」に乗せて開陳されるフォト「OB総会」は、椎名林檎、伊澤一葉、浮雲、亀田誠治、刄田綴色にH是都M、晝海幹音という全メンバーが一同に会した模様を収めたものだ。
さらに『Golden Time』では、本作未収録のミュージック・クリップも含めた映像素材で再構成された「閃光少女」新バージョンに於いて、実に巧みな編集によって「OB総会」の映像が挿入されている。まったく、つくづく最後まで悔しいほど粋なアフターアワーズを演出する連中ではないか。
“我々が死んだら電源を入れて 君の再生装置で蘇らせてくれ"。椎名は解散声明のなかでこう綴っていた。そのために用意されたこの二つのカタログで、彼女からの伝言は今まさに結実を迎えたのだ。
????果たしてソロデビュー15周年を迎えるこの2013年、椎名林檎は何らかのアクションを起こすのだろうか? 期待は日に日に募るばかりである。

(内田正樹)

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